1997年11月、アムステルダムのクルターグを訪ねました。丁度ハーグで、ハーグ・コンセルバトリのオーケストラによってベルリンフィルハーモニーの委嘱で作曲した「Stele」の再演が行われ、そのリハーサルや、本番を聴きました。クルターグは、毎週何度もハーグまで通うハードワークで健康を害されて、当日は、立ち会うことも無理と言う状態でしたが、なんとか立ち会い、演奏は大成功でした。ハーグでは、マウンリッツ美術館で、フェルメールの青いターバンの少女も見ることが出来ました。

 また、アムステルダムでは内田光子のチクルスを聴く機会を得、大変得難い体験を致しました。内田光子のチクルスについて書いてみました。

   

内田光子チクルス・イン・アムステルダム

 去る11月、アムステルダムのコンセルトヘボウにおいて、内田光子のチクルスが「偉大なソリスト内田光子と共に週末を」のタイトルで行われた。写真は、コンセルト・ヘボウの正面に飾られたチクルスのポスターである。内田は、昨年2月、コンセルト・ヘボウの大ホールで2回のリサイタルを行い、大きな成功をおさめた。イギリスに在住し、ヨーロッパ各地の活躍めざましい内田光子の仕事については広く知られる所だが、筆者は、11月22日午前に行われたベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番の室内楽版についてのシンポジウムと同夜の初演、及び23日に行われた室内楽の演奏会を聴く機会を得たので、興味深いシンポジウムの内容を中心にして報告したい。

 内田の11月のチクルスは以下の内容で行われた。

 内田光子は、まず、11月20日(木)大ホールにて、ソロ・コンサートを開催した。プログラムは、ヨハン・セバスティアン・バッハのイギリス組曲ト短調BWV808(1715年)、フレデリック・ショパンの2つのノクターンNo.1 変ロ長調、No.2 ホ長調作品62(1846年)、幻想ポロネーズ変イ長調、作品61(1845ー6年)、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンのピアノ・ソナタハ短調作品111(1821ー2年)。内田は、この演奏会では、特にベートーヴェンのソナタで聴衆に大きな感銘を与えた。

 続く22日(土)、小ホールにて午前11時からルドヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番の室内楽版についてのシンポジウム。20時15分よりブレンタノ弦楽四重奏団とともに、ベートーヴェンの室内楽の演奏会。プログラムは、室内楽伴奏による同協奏曲の初演、弦楽四重奏変ロ長調作品130番(1825ー6年)、大フーガ弦楽四重奏ロ長調作品133番。(1825ー6年)。ブレンタノ弦楽四重奏団は、1992年ジュリアード音楽院を卒業したメンバーによって結成され、現在国際的な活躍を続ける若手によるグループである。

 23日(日)、小ホールにて20時15分より、同弦楽四重奏団とともに、ヴォルフガング・アマデウス・モーツアルトのピアノとバイオリンのためのソナタ変ホ長調KV302(1778年)、ベーラ・バルトークのバイオリンソナタ(1922年)、クルターグ・ジェルジュ典礼劇ーセルヴァインスキ・アンドウレの思い出ー(1988ー9年)、ヴォルフガング・アマデウス・モーツアルトのピアノコンチェルトヘ長調KV413(1782-3年)(ピアノと弦楽四重奏用の編曲による)のプログラムによる演奏会。

 シンポジウムの会場は小ホール。参加者は、約7割。司会コンセルトへボウのディレクター、マルティン・サンダーズ氏。ステージには、左側にシュタインウエイのピアノ、右奥にベートヴェン時代のオールド・ピアノのコピーが置かれ、司会者をはさんで、内田と音楽学者ハンス・ウエルナー・キューテン博士が座る。まず、キューテン博士が、ベートヴェンのト長調のピアノコンチェルトの室内楽版のいきさつと特徴にについて約1時間講演、次に、内田がピアニストとして、ピアノ演奏を交えて、オーケストラ版と室内楽版についての意見を述べた。

 講演によると、室内楽版は、ベートーヴェンがオーケストラ版を作曲した後、1807年春、室内楽を愛好したロッブコヴィッツ王子に要請され、友人のパッシンガーによって編曲され、ベートヴェン自身がピアノ・パートに手を入れた。室内楽版は、オーケストラ版の出版にあたって、決定的な影響を与たとされる。博士は、ベルリンのプロィシィシャール州立図書館でパッシンガーの編曲を発見、ベートーヴェンが書いたソロ・パートを加えて完成させた。近い将来、出版したいと語った。

  内田は、オーケストラは楽器編成が大きいので、ピアニストは各演奏者から遠い感じがすること、それに比べて、室内楽は、演奏者 同志の意思の疎通が行いやすく、一体感があるという演奏形態の違いを述べた。次に、音楽的な面で、オーケストラ版の優れた箇所について、実演で示しながら意見を述べた。特に幾つかの部分で、決定的に低音が必要であると主張した。この点について、内田は、モーツアルトのピアノ協奏曲が、ベートーヴェンに影響を与えたことを実演と共に示し、そのオーケストレーションからいっても、この低音はベートーヴェン自身が必要としていると語った。この判断から、同夜の演奏は、弦楽四重奏に、ダブルベースとヴィオラを加えて行いたいとした。博士は、作曲のオリジナリティを損なうとの観点から、その必要はないと主張したが、内田の圧倒的な解釈力に基づいた主張は、実演と相まって参加者の圧倒的な支持を得た。

 聴衆はまず、内田の身体にみなぎる音楽を愛する生き生きとしたエネルギーやスコアの隅々にまで行われた厳しい分析に裏付けられた解釈力、そして、そのしなやか且つ論理的な語り口の魅力や完璧な実演に一瞬にして惹きつけられ、シンポジウムは、まるで演奏会であるかのような感動を生んだのであった。

 シンポジウムの内容とは関係ないが、オールド・ピアノによる演奏についても一言付け加えたい。ステージに備えられたベートーヴェン・ピアノのコピーは、残念ながら音域の関係でト長調の協奏曲を全曲演奏に適さないものであったが、内田は、開始から部分から数分間演奏を行った。オールド・ピアノによる演奏は、シュタインウエイの堅い華やかなピアノの音を聴き慣れた耳には、一見、にぶい、あざやかさや優雅さの欠けた音に感じられる。しかしオールド・ピアノによる演奏は、シュタインウエイの音に比べて、ずっと深く内省的、哲学的であり、ヒューマンな暖かさ、人間的な温もりがあることに筆者は打たれた。不遜であることを許していただけるのなら、この時のオールド・ピアノによる内田のベートーヴェンのト長調のピアノ協奏曲の断片に、筆者は、ベートーヴェンを通して神が降りてきたとの感想を持った。科学の発展は、近代化は、一体何であったのか。

  いやが上にもた高まる期待に胸を躍らせて聴いた、同夜の室内楽版によるベートーヴェンのト長調のピアノ協奏曲の印象はどうであったか?ダブルベースとヴィオラもう1台を加えた弦楽五重奏と演奏家同志の意志の疎通が充分になされた内田の協演は、若さ溢れるブレンタノ四重奏団の好演とあいまって、気持ちの良いものであった。とりわけ内田の若い演奏家を励まし引き立てる協演は、好感を呼んだ。にもかかわらず、弦楽五重奏の表現力は、強力で、ト長調の協奏曲のもつ祈りに満ちた暖かさには違和感があり、また、管楽器の多彩な色合いがどうしても欲しいという物足りなさを感じざるを得なかったと言うのが正直な感想であった。