アジアの豊かな音楽に浸って

「トラン・カン・ハイの超絶技巧の夕べ」

                          降矢美彌子

 アジアに対する関心がぐっと高まって来ている。東北の空港にもアジアの各国への定期便が飛び、観光客も年々増加している。海外旅行といえば、ハワイやヨーロッパと考えられていた時代から、変化の波が押し寄せている。アジアの音楽は、古くは、フランスの作曲家のドビッシーやメシアンが、ガムランに関心を寄せ、60年代には、ビートルズが、インド音楽に関心を寄せていた。日本へは、むしろそれらの逆輸入の形で、アジアの音楽への関心が広まった時代もあった。しかし、それはむしろ本末転倒で、かつて、日本にとって異国の憧れの対象は、中国や韓国の異文化であった。そして、また、それらの国々を通して入るシルクロードの文化であったのだ。或いは、また、直接、沖縄に入ったインドネシアなどの東南アジアの文化であったのだ。だから、昨今のアジアへの関心は、その意味では、いわば、ルーツへの回帰と言えるのかもしれない。現に、アジアを旅する旅人は、一様に、何かふるさとへ戻ったような懐かしさを感じるという。時を得て、去る8月29日、実行委員会と仙台市市民文化事業団の共催で、「トラン・カン・ハイの超絶技巧の夕べ」というコンサートが開かれた。演奏者は、パリ在住のベトナムの音楽家、トラン・カン・ハイと日本の口琴研究家直川礼緒。当夜は、日本ではホーミーとして知られる倍音唱法のワークショップから始まり、口琴、ベトナムの一弦琴、ダン・バウやベトナムのパーカッション、シン・テイエン、そしてスプーンズの演奏が行われた。倍音唱法とは、モンゴル、トウヴァ、ハカスなどアジア中央部に見られる一人二重唱をも言われる一人の人が、低音の持続音とその倍音による高音メロデイの2つの音を奏するユニークなアジアの歌唱法。ホーミーとは、モンゴルの名称で、トウヴァでは、ホーメイ、ハカスでは、ハイと呼ばれる。歌声は独特で、技法は極めて難しく、心臓に負担がかかり、早死にをするなどどと信じられてきた。トラン・カン・ハイは、これは、誰でも歌える簡単で素敵な歌い方だと、聴衆に練習のコツを教え、会場から4人の挑戦者ステージに上げて、全員をアットいう間に倍音が出せるようにしてしまった。倍音唱法は、女性はできない等と言われてきたが、挑戦者の2人は、女性だった。それは、狐につままれたような瞬間だった。口琴は、世界中の各地に分布する楽器で、主にヨーロッパでは、金属製、アジアでは、竹製のものが用いられている。日本では、アイヌのムックリが有名だが、1000前の金属製の口琴も発掘され、日本でも古くから奏でられたことがわかっている。外枠の内側にある細い弁の振動を口腔に伝えて、響きをつくる。手のひらで握れる小さな1つの口琴から、言葉やメロデイー、自然音の模倣など実に様々な音楽を奏でることができる不思議な楽器だ。ベートーヴェンのちょと前までは、ヨーロッパでも大流行し、オーケストラと口琴の協奏曲まで作曲されている。トラン・カン・ハイと直川の様々なスタイルによる口琴の演奏と二重奏は、圧巻であった。何と言っても当夜の満員の聴衆を熱狂させたのが、スプーンズであった。スプーンズとは何か?何のことはない、カレーライスを食べる、高級ではないスプーン2本、スプーンズである。トラン・カン・ハイは、これを手の平、膝に打ち付け、更に、腕、足、口など身体のありとあらゆる部分に打ち付けて、まさに超絶技巧の目を見張るパーカッション音楽を奏したのであった。彼の信念は、日常にあるものから、豊かな音楽を!音楽の喜び!をであった。ドクター・トラン・カン・ハイは、30年以上に渡って、口琴と倍音唱法の研究を続ける世界的な民族音楽学者である。サイゴン音楽学校を卒業後、1961年にパリに移住し、現在、パリの音楽研究所の民族音楽研究主任研究員。作曲家であって、音楽療法士でもある。パリでは、多くの若者に倍音唱法を教え、子どもたちのために、スクール・コンサートを定期的に開いている。アジアの豊かな音楽の世界に浸って幸福にあふれた一夜であったと同時に、新しい音楽家のあり方ム21世紀の音楽家のあり方を示唆された一夜でもあった。

                        (河北新報 2000.8.)