クルターグが、在オランダ中、何度もアムステルダムを訪れました。アムステルダムは、1996年ISMEの第22回アムステルダム大会に福島コダーイ合唱団が日本代表として参加した時の素晴らしい思い出があり、以来たくさんの思い出があります。アムステルダムには、音楽学者のアルベルト・フォン・シュートさんがいて、彼の家にはミヤコの部屋と呼んでくださる部屋があって、アルベルトさんには、たくさん、オランダを紹介していただきました。後に彼がオランダ・日本友好300年の際、日本を訪れ、宮城教育大学の研究室にも来てくださいました。眩暈を起こしていた私は、岩淵摂子さん(当時小野摂子さん)にご接待をお願いしたものです。オランダ人は、本当に賢く豊かだとしみじみ思ったことでした。

オランダのクリスマス

―スペインから船でサンタさん/子供の夢を育てるよい子になる大事な行事―

降矢美彌子


 「ところ変われば、品変わる」。オランダのサンタクロースは、どんなサンタクロースかご存じですか? 11月にオランダを訪れ、日本ととても大きく異なるクリスマス行事を見聞きしてきました。クリスマスにちなんで、オランダのサンタクロースについてリポートしたいと思います。

 オランダでは、サンタクロースは聖ニコラウスと本名で呼ばれます。オランダでは、聖ニコラウスは、ボートに乗ってスペインからやってくるのです。一緒にブラック・ペーターと呼ばれる少年たちをたくさん連れてきます。

 聖ニコラウスは、11月の下旬に、船に乗ってオランダの子どもたちを訪問するのです。その日、地域の公民館は両親に連れられた子どもたちでいっぱいになります。

 大広間の中央には、玉座のようないすがあって、威厳のある聖ニコラウスが、厚い本を持って座っています。この本には、すべての子どもたちの1年間の行いが記されています。

 子どもたちが一人ひとり、聖ニコラウスのところに歩み寄り、お話をします。

聖ニコラウスは、よいこともわるいことも、子どもたちの行いの全部を知っているので、子どもたちは神妙に一生懸命にお話をするのです。だってその本にみんな書いてあって、聖ニコラウスは、それを全部読んでいて、ここに持ってきているのですから。

 ブラック・ペーターたちは、みんなよい子でいるかなと会場を見回って、子どもたちが聖ニコラウスと静かにお話しできるように助けます。また、お菓子を配ったりもします。ブラック・ペーターは、高校生か大学生くらいの年齢の少女たちが、顔や手を真っ黒にぬって扮(ふん)装しています。

 さて、この日から、もし、子どもたちがその週よい子だったら、毎土曜日に、コツコツとドアをノックする音がして、子どもたちがドアに走っていくと、聖ニコラウスからの小さなプレゼントが置いてあるのです。また、子どもたちはこの日から、毎夜、暖炉の前に、靴を1つ置きます。もし、その日、よい子だと、ブラック・ペーターが暖炉から下りてきて、クッキーを入れてくれるのです。悪いことをすると、ブラック・ペーターにスペインに連れて行かれてしまうと信じられています。

 とってもよいことをすると、ご褒美に聖ニコラウスが詩を書いて、サインして贈ってくれるのです。昨今では、あまり詩を書かなくなってしまった若い両親のために、デパートにはサンタクロースの書いた詩が売られています。「ところ変われば、品変わる」ですね。

 ですから、オランダの子どもたちにとってのクリスマスは、お父さんやお母さんにプレゼントをおねだりして買ってもらう日ではなく、11月半ばから約1カ月にわたる、このようにわくわくする、よい子でいたいなと頑張る、1年で一番大切な行事なのです。

オランダの父母は、これらの一連のクリスマスの行事を、子どもの夢をはぐくむために、子どもに知られないよう、わくわくしながら、こっそり行うのです。オランダ人は、子どもの時代は、少しでも長い方がいいと信じています。

少し大人になった子どもたちも、両親と一緒に、これらの秘密を誇らしげに守っています。テレビや商店も、なるべく子どもたちの夢を破らないように努めます。

オランダの子どもたちと話をする度に、なんて子どもらしく自然で、それでいて、自分をしっかり持っているのだろうと感嘆するのですが、その背景には、この行事に見られるような、大人の子どもへのあたたかいまなざしがあるのだと思ったことでした。         
河北新報家庭欄 2000年以前