民俗音楽は総合的な学習の宝庫
―音楽の教師、チャレンジの時、到来!―


1.音楽は、教育の今日的な課題に最も応え得る教科
 世界から学ぶと言うことは、何を意味するのだろう。音楽教育に関わって考えれば、世
界の諸民族の音楽文化から学ぶということを意味すると言えるだろう。諸民族の音楽文化
は、日本の音楽文化とも共通性があるが、異なる側面も大きい。文化の違いは、その暮ら
しをはぐくむ自然風土の違いや人々がコミュニケイションする言語の違いに準じていると
言うこともできよう。自然風土は、食べ物やその生産、宗教、そして住居や衣服などに直
接に関わるので、民族の心の情感的な違いの基盤となる。言語の違いは、直接的に思考方
法の違いとなり、単に音が違うというような単純な違いとはならない。諸民族の音楽文化
を理解することは、このように情感的・思考的違いをもつ異文化を理解することだから、
大変に難しいことなのである。
 音楽は、人々の暮らしの中で産まれ、育まれた文化だから、理解するためには必然とし
て、総合的なアプローチが必要となる。つまり音楽を学ぶこと自体、本来的に総合的な学
習の視点を内包している。そして、その側面を引き出せば、即、総合的な学習そのものと
なる。同時に、暮らしの中で育まれた諸民族の音楽文化を理解するということは、ダイレ
クトに国際理解教育へとつながり得る。この意味で、音楽は、教育の今日的な課題に最も
応え得る教科と言える。

2.異なった音楽文化を学ぶことは難しい
 1998年秋、アメリカの学校を訪問した。シアトルの高等学校の音楽の時間では、アメリ
カのポピュラーなフォーク調の合唱曲、南アメリカのプロテスト・ソング、そしてそして
日本の小倉朗作曲の「ほたる」の合唱曲を歌っていた。ブルーミントンの小学校では、日
本の盆踊りを踊っていた。インデイアナ大学の国際ヴォーカル・アンサンブルでは、すで
に福島県の民俗芸能「じゃんがら念仏踊り」をステージで上演しており、日本民謡やアイ
ヌの踊りなどを教えてほしいとの要請を受けた。
 多民族国家アメリカは異文化教育、多文化音楽教育の先進国である。そのための教科書、
参考書、マニュアルがすでに数多く出版されている。それらにはCDやCD-ROMの視聴覚
マニュアルがついていて、教師の必要に十分応えられている。日本の音楽がアメリカの教
育現場で教えられている現状を見て実感したことは、異なった音楽文化の理解は何と難し
いことかということの再認識である。
 アメリカの高校生は「ほたる」の合唱曲のホホホホ、タルタルタルを、全く情感を伴う
ことなく早口言葉としてただ愉快に歌っていた。小学生は、惚れたはれたの「四畳半」お
座敷歌で盆踊りを踊っていた。「ライト、レフト、メイク・ア・トウリー(右、左、木を作
りましょう)」と教えられて、どうしてこれが日本の盆踊りといえよう。盆踊りでは、「あ
あ、うれしい。どうぞ子供達に本物を教えてやってちょうだい。」と頼まれて、予期しない
盆踊りの授業とはあいなった。皆、とってもよい先生たちなのだ。喜びを持って異文化音
楽を教えている。しかし、である。
 私たちは、世界から学ぶという前に、まず始めに、諸民族の音楽文化を学ぶ、すなわち
異なった文化音楽を学ぶことは難しい、文化理解は安易なものではないと言う前提・共通
認識を持ちたいと思う。アメリカの異文化音楽教育がおかしいと言っているのではない。
先進国であるアメリカでさえ、その質を問えば、現実にはこのようなことも行われている
ということの一例である。我々も、自分たちの音楽教育において、それを自文化としても
つ民族の人が見聞きしたら、自文化だと認識できないようなとんでもないことをやってい
ないかと、もう一度自らを振り返ろうではないか。

3.音楽は、心の食べ物
 音楽を考えるとき、食べ物に例えて考えるとわかりやすい。何故かと言えば、音楽はい
わば心の食べ物で、人間にとっての大切な食べ物という点で、共通点があるからである。
ここで漬け物を例に取ってみよう。漬け物は万国共通である。日本には糠味噌のキュウリ
がある。ヨーロッパには、キュウリのピクルスがある。どちらも発酵した酸っぱさをもつ
漬け物で美味しい。しかし、フランスでフランス料理に糠味噌のキュウリを付け合わせて
も美味しくない。日本で、日本料理にキュウリのピクルスを付け合わせても美味しくない。
音楽も同じである。フルート音楽を篠笛で吹いても、その音楽の美しさは失われてしまう。
フルートで、篠笛の曲を吹いても、その音楽の質は全く異なってしまう。代用品では駄目
なのである。
 授業をするための第一歩は、まず、その食べ物が食される、本来的な有りようで食する
ということである。それを心から美味しいと思う体験をする事である。糠味噌をそれ一つ
食しても、糠味噌の本当の美味しさはわからない。白い温かなご飯と、おみそ汁、それら
と一緒に食す必要がある。その他の要素も大切だ。白いテーブルクロスに、お皿、ナイフ、
フォークでそれらを食してもだめだ。文化が違う。抹茶茶碗で、紅茶を飲んでも、テイー
カップで抹茶を飲んでも駄目なのである。これが文化というものだ。ここのところは、と
ても重要だ。
 これまでは得てして、音楽は「音を楽しむ芸術」とばかり音のみを切り出し、まるでピ
クルスをそれ1つ食するという食べ方―聴き方で教えることが多かった。地球上の諸民族
の暮らしは実に様々だ。身体の食べ物も心の食べ物―音楽も実に多様だ。その文化が本来
有るべき姿で食することが常に可能とは言えないかもしれない。しかし、食する前に、そ
れがどのような目的で、どのように食されているのかー聴かれているのかー楽しまれてい
るのかを、十分に知る必要がある。初めて食する場合は、缶詰ではーCDではだめだ。そ
れでは、本当の味はわからないのである。ここのところは、前提・共通認識にしなければ
ならないだろう。

4.音楽の教師、チャレンジの時、到来!
世界は小さくなった。今や、地球上の多くの国々で多民族化が進んでいる。最も急速に
高齢社会化した日本は、遠くない時期に労働力が不足し、多くの移民を受け入れねばやっ
ていけなくなるだろうと予測されている。すでに、私たちの極くそばには、様々な国の人々
が生活をしている。彼らは、異国の地で、私たちとの心のコミュニケイションを待ち望ん
でいる。
 教室の国際理解教育の前に、音楽の教師である私たち自身が、まずそのような人々との
コミュニケイションー民族理解を図ろうではないか。彼らは、全てとはいかないかもしれ
ないが、喜びを持って身体の食べ物も、心の食べ物―音楽も、手から手へと手渡してくれ
るに違いない。私たちも彼らに手渡そうではないか。そのとき、音楽の教師は、自国の音
楽文化―日本の楽器・日本の民謡・伝統芸能を自分のものにしなければと真に思うに違い
ない。音楽文化は、本来は、手から手へと手渡され、受け継がれてきたものなのだ。
 今や、教師が本格的に諸民族の音楽文化・日本の音楽文化を自らの身を裂いて、喜びを
もって学び始めるときが来ている。目先の目的のためにではなく、音楽の教師たちがその
ような変身を遂げることが、実は、学習指導要領に新たに示された内容の中身なのではな
いかと、私は思うのである。21世紀も目前だ。音楽の教師も自らに挑戦し、自らを変革
して行こうではないか。

5.総合的な学習の視点から「こきりこ節の教材化」
 2000年5月30日、宮城教育大学附属中学校で、「こきりこ節」の授業公開が行われた。
富山県民謡「こきりこ節」を民謡の歌い方で歌い、神社に奉納する踊りを踊る。塩ビ管で
篠笛を作り、ささら、こきりこ、棒ささら、太鼓など日本の楽器で伴奏するという授業内
容、対象は3年生である。
 同校の橋本牧教諭は、この教材で初めて本格的に篠笛の吹き方や、日本の打楽器の打ち
方に挑戦した。元愛知県犬山小学校の山田隆教諭の型紙を入手して、初めて本格的な楽器
づくりにも取り組んだ。もともと、工作は苦手ではない。しかし、できるかなとためらっ
ていたら実現はできない。思い切って取り組んでみると、インターネット上には、尺八な
ど手作り楽器の秘訣がのっていて、ちょっと視点を変えてみる世界がとぐっと広がり、楽
しくなる。挑戦は自身の世界の拡大となる。
 民謡の歌い方や、踊り方も初めての挑戦だ。教師にできないことを、生徒に教えることは
不可能だ。教師の心からの共感のない音楽を生徒に手渡すことは、うまくいくはずがない。
エイヤと思い切った心意気で取り組んだ「こきりこ節」は、見事に生徒の心に届き、手作
りの篠笛は、何人かの生徒の生涯楽器になる勢いだ。
 「こきりこ節」は、世界遺産の1つ合掌造りの家並みで知られる富山県平村の芸能であ
る。生徒たちに、こきりこという竹の楽器の説明をしようと思えば、村の成り立ち、合掌
造りの家が何故生まれたか、その家の生活、いろりから暖をとる冬の間の生活、煙にいぶ
された古い竹が楽器になったことを知らねばならない。或いは、一時期伝承が途絶えて、
昭和の20年代に復活した歴史の話になれば、民族にとって伝統の継承の課題を論じるこ
とになろう。世界遺産のついて学習することは、国際理解教育へと即つながっていく。
 「こきりこ節」は、一方でこのような社会科的な視点をもつ総合的な学習、もう一方で、
楽器づくりから始まる日本の楽器の演奏、民謡の唱法の学習、民俗舞踊の学習という音楽・
体育の総合的な学習の教材となる。日本の伝統的な芸能はこのような意味から非常に優れ
た総合的な学習の宝庫である。(教育音楽小学版 別冊総合的な学習 2000年)