日本音楽教育学会第34回大会 研究発表C−4
学習指導要領における「曲種に応じた発声」の今日的意義
−異文化理解を踏まえた多文化音楽教育の指導法の提起―
                            2003.10.18 11:00-11:30
                         神戸大学101教室
        降矢美彌子(宮城教育大学)
<発表要旨>
国際化の時代を迎えた学校教育の課題は、多様な文化と文化伝承者への尊敬・音楽観や伝承方法の尊重、文化の丸ごとの理解と共感であろう。このように考えるとき、平成10年度改定の「学習指導要領」の発声法に関わる<曲種に応じた発声により、言葉の表現に気を付けて歌うこと>という改訂内容は、地球上に存在するあらゆる声による多様な音楽文化を認め、ありのままに受け入れようとする異文化受容の奨め、多文化音楽受容の奨めと考えられる。
この視点に立つとき、 <曲種に応じた発声により>という指導内容は、単に声楽のテクニック上の課題として捉えることは誤りと言えよう。重要なことは、それぞれの音色に込められた民族の音楽文化の本質やそれらが生まれた背景としての生活全般を総合的に捉え、そのことによって唱法や音色が生まれた文化への理解と共感をもつことである。今やたった1つの音楽観、声や音の出し方、そして伝承の方法で、地球上の音楽文化を取り扱うことはできない。
このように考えるとき、音楽の教師は、これまでの知識や技術や指導法からの発想の転換が求められていると言えよう。
以上の前提に立ち、私は、長年の実践研究を踏まえて、異文化音楽の教育方法について以下のように提案したい。
<異文化音楽の学習方法>
1)フィールドワークを行って学ぼうとする文化の背景(自然、生活、宗教など)を学ぶ。
2) その文化を母文化とする継承者から、文化本来の唱法や楽器を用いて、文化本来の音楽観を尊重し、文化本来の伝承方法によって学ぶ。
異文化音楽の学習方法を上記のように考えるとき、音楽の教師の役割は以下の様な役割へと変化する。
<異文化音楽学習における教師の役割>
1) 文化の深い理解・共感と知識・技能をもち、異文化の直接的な指導者とならずに、学習者に文化継承者との学習の場や学習者が受容できるように準備する。
2) 学習者と文化継承者との有機的なパイプ役を務め、文化継承者との直接的な経験を発展させ、
直接体験の喜びを文化理解や共感へと発展させること。

  しかし、教師は多くの場合、このようなフィールドワークを行ったり、母文化としての文化継承者から学ぶチャンスが得られるとは限らない。そのような場合においても、教師は学習者に本質的な学習を保証する必要があろう。そのような場合のための学習マニュアルが求められている。
インデイアナ大学のメアリー・ゲッツは、ジェイ・ファーンとこのような意図をもって、学習に必要な文化の背景や文化本来の伝承の方法を尊重した学習法、言語や言語の発音学習など、必要な情報を網羅した異文化音楽学習マニュアル<Global Voices in Song >のシリーズを共同開発した。最後に発表者との共同研究によって開発した、富山県民謡のCD-ROMを用いて、この学習マニュアルを紹介する。

<発表のプロット>
1.世界の合唱の動向<曲種に応じた唱法による多文化合唱への道のり>

1) フィリップ・クーテフ国立民族アンサンブル(ブルガリア/ 1951年フィリップ・
  クーテフによって創設)
特徴
(1) ビブラートのない民謡の発声による女声合唱。
(2) 独特の和声法やソロを生かした編曲法。
(3)新しい発想による合唱曲の創造と普及。
音響 (出典 CD Victor VDP-1413)
 ピレンツエ・ペエ・ゴボリ(小鳥のさえずり)クラシミール・キュルクチスキー編曲
2)ニューファウンドランド・シンフォー・ユース合唱団(カナダ/ 1993年スーザン・ナイトにより創設)
特徴
(1)タピオラ合唱団の理念と実践の継承と発展。
(2)レパートリーの拡大(先住民族、東欧、フィンランド、アジアなど)
 音響 (出典 CD FMDC 4605-2)
 タイン川(イギリス民謡)ミヒャエル・ニーム編曲
 チャーック!(ケチャによる現代合唱)ステファン・ハトフィールド作曲
3)オーストラリア−倍音唱法
日本では特殊な民族的な唱法として知られる倍音唱法がすでに一般化し、多くの合唱団によって歌われている。
映像
(1) 第16回国際コダーイ協会シンポジウム(2003年7月、オーストラリア)における
 児童合唱
4)福島コダーイ合唱団(日本/ 創立1987年 降矢美彌子)
特徴
(1) ハンガリーを代表する合唱指揮者ウグリン・ガーボルを客員常任指揮者として、西洋音楽をコダーイ・システムによって学習し、ハンガリーのバルトークやコダーイなどのア・カペラ合唱曲を1つの中心的なレパートリーとして、バルトーク作曲「27の児童と女声のための合唱曲集」などのCDをリリース。
(2) それぞれの様式と唱法を尊重した多文化合唱の実践(西洋の合唱曲と日本、東欧など
の民族合唱、歌と踊り、指揮者ありとなしのアンサンブル)を行い多文化合唱のCD
をリリース、海外の学会等で多くの演奏会を行う。
     映像
(1) 西洋のレクイエム ガブリエル・フォーレ作曲「レクイエム」(女声三部とピアノ用編曲)よりイン・パラデイズム 

   ウグリン・ガーボル指揮
(2) アイヌのウポポ イカムッカーサンケー

2.学習対象の文化を母文化とする継承者から異文化を学習する映像例

  文化本来の伝承の方法には、文化の重要な要素が内包されていると考えられる。西洋音楽には5線紙による楽譜の読譜や多声を聴き取る力、ハーモニーの機能を感じ取る力などの育成が不可欠である。一方、その他の5線紙を用いることなく伝承されてきた文化に、5線紙などのペイパーを用いることなく、それぞれの伝承法によって学ぶことが大切である

1) 西洋音楽 音楽の理解と表現のためのソルフェージュ教育―多声性の育成。自分のパートを 歌いながら相手のパートを聴き取る−(コダーイ・システムによる福島サマースクール)
   ソルフェージュは歌うことを通して音楽理解をめざすので、最初に発声練習を行う。発声
  練習から様式や多声性の育成を意図する。次に二声や三声による合唱曲を相手のパートの楽
  譜を隠し、歌いながら相手のパートを聴いて聴音した後、歌唱する。
    指導 ウグリン・ガーボル(ハンガリー)
       リスト音楽大学卒業、リスト音楽大学、バルトーク音楽高校教授。
       ハンガリーを代表する合唱指揮者。リスト賞、コダーイ賞、バルトーク賞受賞。
2)アイヌのムックリ(福島市における一般市民を対象としたワークショップ)
見事な模範による動機付けと1対1の手から手へという直接的な伝承は、学びの喜びと上達を促
進する。
@演奏モデルの提示
A練習方法の提示
   B個人指導。一対一の手から口・心への伝達
      指導 阿寒湖口琴協会(代表 弟子シギ子)
3)倍音唱法 (宮城教育大学学生を対象としたワークショップ)
@演奏モデルの提示と理論的理解のためのイントロダクション
A練習方法の提示、全体練習
B個人指導。一対一の手から口・心への伝達
      指導  トラン・カン・ハイ(フランス)
          パリ在住のベトナムの民族音楽学者、口琴と倍音唱法の研究者であると同時に  
          演奏家として活躍。
4)バリ島のケチャ (グヌンジャテイ歌舞団による宮城教育大学学生へのワークショップ)
@演奏モデルの提示
A一対一の手から手・心への伝達
B歌舞団と踊り手を加えて上演(完成)
     指導  バリ島のタガス村グヌンジャテイ歌舞団
         1988年に出版された音と映像による「世界民族音楽大系」(藤井友昭監修/
         日本ビクター(株))のケチャの上演団体で、土俗性の強い演奏スタイルには高い
         評価がある。

3.フィールドワークを行って、直接的に文化継承者から学ぶことが不可能な場合の異文化音楽学習マニュアルの紹介

CD-ROM(Global Voices in Song)、筆者との共同研究による富山県民謡<こきりこ>の内容。
<文化>                <音楽>
五箇山の自然              こきりこの歌詞と意味
五箇山の暮らし             こきりこの歌唱
こきりこの歴史             こきりこの3つの踊りの踊り方
こどもこきりこ              シデ踊り、ささら踊り、手踊り
こきりこの伴奏楽器の演奏法       五箇山の民謡とわらべうた     
                      篠笛、こりきこ、太鼓、棒ざさら
                      鍬がね、ささら、鼓