国際音楽教育協会
(International Society for Music Education)
第29回北京大会レポート


第29回大会

発表後
                   
 国際音楽教育協会はISMEと略称され、1957年に設立された世界で最も大きな音楽教育の学会である。2年毎に世界大会が行なわれ、次回は、2012年にギリシャで行なわれる。日本では、1963年に東京大会が開かれ、その時のテーマは、「音楽と音楽教育の世界における東洋と西洋」であった。当時一般的には、音楽=西洋音楽と信じられ、日本の伝統音楽などが自国では重視されていなかった。これを契機に民族音楽学の発達とあいまって、伝統音楽の研究が取り組まれるようになり、日本の音楽教育も国際化していった。
福島からは、福島コダーイ合唱団が、1996年のアムステルダム大会と2006年のクアランプール大会で日本や西洋やアジア・アフリカなど世界の様々な音楽による演奏を披露して好評を博した。
 
 第29回2010北京大会は、8月1日から6日まで、オリンピック・メインスタジアムに近い「中国国際コンヴェンション・センターで」大学生など600人のヴォランテイアによって運営され、63カ国から4000人が参加したこれまでにない大規模な大会だった。大会テーマは、「調和と世界の未来」。773人の発表者によってシンポジウム、口頭発表、ワークショップなど合計800の発表があった。演奏会は、大会記念コンサート、北京伝統音楽フェスティヴァル(7カ国17団体)、ワールド・ミュージック演奏会(20カ国66団体)が1日―5日まで27カ国から約85団体によって行われた。その多様さ豪華さは見事の一言に尽きる。
 特に大会初日に行なわれたオープング・コンサートは、壮大なスクリーンにシルクロードの自然や歴史を映しながら、インドからウズベキスタンまでシルクロードの10民族の民族音楽と中国Huaxia国立オーケストラによって演奏され、圧倒的な感動を呼んだ。音楽教育によって、異なる民族同士が理解を深め、平和を築こうという願いに溢れた大会であったと言えよう。 

 私は、「未来の地球市民となる子ども達のための多文化音楽教育―アジアの音楽への理解」というタイトルで大会2日目に発表を行なった。多文化音楽教育は、多民族国家アメリカで80年代以降発展した理念で、音楽文化のパフォーマンス体験を通して、諸民族が互いを理解し、地球上に共生していこうという意図をもつ。日本における音楽科は、表現科として、表現することに矮小化されてきた傾向があった。しかし、音楽は、人々の生活や自然、歴史の中に存在している。今日では、音楽のバックグラウンドとしての人々の心情や生活や歴史などの理解が重要であるという考えが世界的な潮流となってきている。

 発表では、まず、シンプルさを美ととらえてきた日本の伝統的な考え方を俳句や風呂敷などを用いて紹介した後、同じアジアの米作の民族である日本とバリ人の共通性と違いを明らかにした。米作の民であるところから2つの民族の民俗芸能は神に捧げられた。そして日本の舞踊やバリ舞踊は、常に腰を低く保つ。これは西洋などの騎馬民族の踊りがジャンプを基本にしているのを大きく異なる。
 日本の伝統音楽は、唱歌(ショウガ)という唄の様な方法を用いて教授してきた。例えば、お琴(正式には筝)では、テーントンシャーン、太鼓で言えば、テレツクテレツクのように歌い、メロデイーやリズム、奏法までも表す。唱歌(ショウガ)は、西洋の五線譜とは全く異なった教授システムである。バリにも唱歌があり、全ては口承で、五線譜は用いない。これらは共通点である。
 しかし、原語が違うように日本とバリの音楽には、リズム感や多声性や時間の感じ方に大きな違いがある。日本の音楽は、「一音成仏」という言葉があるように、1つ音の音程、音色、時間に微妙な揺らぎをもつ、単旋律の音楽である。バリの音楽は、ビートを保ち、悠久の時を感じあい、幾つものメロデイーを重ねる。私は、宮城道雄や武満徹の音楽を用いて日本の音楽の特徴について紹介し、ケチャを用いてバリ島の音楽の特徴を紹介した。

 発表の結論として、異文化を理解することは非常に難しく、音楽教育の目的は、それらの違いをより細密に知り、違いを認めあうことだと提唱し、そのことが、最終的に地球の平和へ貢献することであろうと述べた。ISME発表5回目にしての結論だった。アフリカからの参加者が、発表について熱い共感を発言してくださったのが嬉しかった。