日本音楽教育学会第40回広島大会 

2009.10.03-04

 大会は広島大学、東広島キャンパスで行なわれました。 口頭発表103、共同企画2、プロジェクト研究2、学会創立40周年記念行事、 基調提案・講演、ワークショップ、記念講演という豪華な内容の大会となりました。 ハンガリーからパヨル・マールタ先生が来広され、ハンガリーの音楽教育についての講演とコダーイの理念に基いた音楽指導のワークショップが素晴らしかったです。



現代音楽を扱う授業の提案
―ハンガリーの作曲家クルターグ・ジェルジュと武満徹を扱って―


 発表の主旨は、一般教育の音楽の授業において、世界の各地で生まれている現代の音楽をもっと積極的に扱いましょうという提案です。午後に行なわれるプロジェクト研究Ⅱでも、「「現代音楽」のゆくえと音楽教育―その可能性を探る(1)」の発表があります。

 趣旨には、「現代音楽は、音楽教育の可能性を拓くような潜在的な力を有しているように思われる」とあります。私もそのように考えます。さて、今日の発表は、いわゆる授業設計などの指導法の提起ではありません。まずは、子どもたちに現代の音楽への興味や関心を呼び覚ますための導入の授業提案です。一般の音楽の授業で現代音楽を積極的に扱うためには、先生方にもご一緒に体験していただき、現代音楽に親しんでいただきたいと思います。

 日本の音楽教育では専門教育、一般教育の別を問わず、限られた西洋音楽が扱われてきました。一般音楽教育においては、現代音楽は、これまでは、旧学習指導要領における「自由な発想で作って表現する」活動の中で、スティーヴ・ライヒなどのミニマル・ミュージックを扱うことが多かったように思われます。国語科や美術科では、現代の作品が取り上げられています。子どもたちを捉えているのは、今生まれている、現代の音楽であるポップスです。音楽科も、今生まれている現代の音楽をもっと積極的に扱おうではありませんか。作品を吟味すれば、子どもたちは、むしろ現代音楽に興味を示すでしょう。そこから、クラシック音楽や伝統音楽への扉が開かれるかもしれません。

 さて、私は、未知の音楽の扉を開ける鍵は、自発的な表現体験と音楽の背景の理解だと思います。現代音楽へのキーもまた、表現の体験と作曲家の作曲方法など背景の理解です。皆様は、昨今は、世界大会などもある1970年代から始まったエアー・ギターをご存知でしょうか?演技の1つでギターの演奏を、大げさな身振りで行なう主にロックのギターの弾き真似です。私は、この方法は、音楽の鑑賞にとても有効だと思うのです。

 本発表では、このエアー・ギターの方法を応用したエアー・ピアノ、エアー尺八、エアー琵琶という表現活動を試み、作曲家の作曲の考え方などに触れていただくことによって、現代音楽の扉を開きたいと思います。楽器がなくても、実際に楽器の演奏ができなくても、このような表現活動は、現代音楽など未知の音楽への積極的なアプローチを引き出します。ただし、エアー奏法は単なる真似事になってしまわないよう、音楽の本質を捉えたエアー表現が大切です。

 今日は、ハンガリーの作曲家クルターグ・ジェルジュと武満徹を扱います。この2人の作曲家は、音や音色や噪音に対する考え方、間や音をそぎ落とす作曲法などに共通する側面を見ることができます。2人の音楽は、他者に聴かれることを強く意図した音楽だと思います。2人の作曲家については、資料末に簡単な解説を載せました。

 最初にハンガリーの作曲家クルターグの<遊び―ピアノのために>全7巻の第1巻、1番、3番、4番をご一緒にやってみましょう。クルターグは、この小品集の前書きに次のように書いています。

 「弾く喜びは、動く喜びである―、鍵盤を不器用に手探りで探し出したり、リズムを数えたりするかわりに、最初のレッスンから全鍵盤の上を大胆に素早く動き回れたら―この小品集の創造にあたって、まだはっきりとはしないこのような考えが発端となった。」

 では1番をやってみましょう。図形楽譜です。なみなみの最初の記号は、グリッサンドです。前書きにあるように、この作品はグリッサンドで、本当に自由にピアノの全鍵盤上を走り回ります。しかし、クルターグは、初心者のための第1巻の第1曲に、心の内的な変化を表す強弱の変化と休符、間を要求しました。最後のクレッシェンド、そして、スフォルツァンドff、そして、間、休符が重要です。では、エアー・ピアノで弾いてみましょう。

 クルターグは、子どもと大人、初心者とコンサート・ピアニストを区別しません。<遊び―ピアノのために>の特徴は、ピアノを始めた初心者のためでありながら、同時に、コンサート・ピアニストのレパートリーであることです。資料1にあるように。左側のページは、1巻の第1曲目、右側のページは、最終曲です。最終曲は、音高を規定していますが、同じ内容の作品です。クルターグは、この作品を必ずと言ってよいほどリサイタルで演奏します。では、作曲者の演奏で聴いてみましょう、

 次は、資料2は、<けんか>、図形楽譜による手のひら弾きの作品です。作品は、問いと答えの形で作曲されています。音符がだんだん短くなっていて、音数が増えます。問いと答えの後の休符が重要です。最後のクラスターのクレッシェンドは、ピアノでは不可能ですが、内的な強弱の変化を感じることを教えます。クルターグ自身のピアノで聴いてみましょう。

 次に資料3<花、人は..>にすすみます。<花、人は..>は、クルターグのこの小品集のモットーです。クルターグは、全てのコンサートでこの<花、人は..>を演奏します。作品は、2音+3音+2音、全体は7音でできています。5+7+7の最少の言葉で宇宙を表現する俳句の世界に通じます。では、エアーでやってみましょう。

 では、次に、武満徹の映画音楽を見ていただきます。武満にとって、映画音楽は、重要なジャンルでした。彼は、多くの場合、監督と最初から最後まで映画製作にかかわりました。プリペアード・ピアノで音を探す武満、様々な打楽器を用いて音響を創る武満さんの映像を見て、子どもたちは、作曲家の仕事の仕方に触れることでしょう。それらに、未知への興味を掻き立てられるでしょう。では、映画音楽の『切腹』を見てみてください。琵琶が効果的に用いられています。武満の琵琶の考え方を感じるのに、とてもよい映画音楽だと思います。

 次に、かつて、中学校の鑑賞教材に取り入れられた<ノヴェンバー・ステップス>を例にとります。中学生は、日本の楽器になじみがありません。1音の中で、魂が揺れ動くかのように変化する音や間、噪音の特徴と西洋の楽器との違いを体験するのに<ノヴェンバー・ステップス>は、とても有効だと思います。エアー尺八やエアー琵琶は、その楽器の特徴や演奏法をよく観察してその特徴をつかむ必要があります。その意味でエアーの方がむしろ有効とも言えます。<ノヴェンバー・ステップス>の鶴田錦史さんと横山勝也さんの演奏を見ながら、エアー尺八、エアー琵琶をやってみましょう。尺八の息の吹き込みや首振り、琵琶の撥さばきに注意してください。

 再びクルターグに戻ります。クルターグの作品には、最もシンプルなものと、最も複雑なものが共存します。資料6をご覧下さい。<クワジ・ウナ・ファンタジア>1楽章の楽譜をご覧下さい。1楽章は、短音による音階の断片からできています。客席には、小さな打楽器群が入り、様々に鳴ります。
では、エアー・ピアノで弾いてみましょう。このようなシンプルな音階で現代音楽ができていることに、子どもたちは驚くでしょうし、様々な打楽器のなりように、日本音楽との共通性を見ることができます。

 教室に楽器がなくても、あるいは、教師が演奏技術をもたなくても、このような体験を通して、子どもたちを未知の音楽へと開いていくことができます。今日、体験して頂いた音楽は、20世紀の音楽です。今の今、新しい現代の音楽が生まれています。子どもたちの心を未知の音楽や新たな創造への渇望へと拓いていくことは、音楽教育の1つの責務ではないかと思うのです。

 なお、現代音楽という用語は、大雑把ですが,第一次大戦以後の芸術音楽をさす用語として用います。

 使用映像やCDは以下のものです。
武満徹:『Toru Takemits Music for the Movies』(1994年、 Sony SHV 67167)
「武満徹-音の森への旅 第2回日本の音の探求」『NHK知るを楽しむ 私のこだわり人物伝』(2007年)
<ノヴェンバー・ステップス>第1番(岩城宏之指揮 NHK交響楽団 尺八:横山勝也 琵琶:鶴田錦史)『中学校音楽鑑賞用DVD3巻』(2006年、発行:NHKエンタープライス、発売元:教育出版)
クルターグ:「Kurtág György Részketek a Játékokbol és Bach- átiratok」『KIS ESTI ZENE ⅩⅣ』、Kurtág Márta & Kurtág György(1995年)
『クルターグ氏のレッスン ヤーテーコク1巻』(1992年、リスト音楽院にて、 発表者撮影)
CD『György Kurtág Portraitkonzert Salzburg 10.8.1993』(1994年、WWE 2CD 31870)

注 ハンガリーでは、名前を姓名の順で表記するので、本資料でもハンガリー人については姓名の順で表記する。
曲名および曲集名は、講談社『ニューグローヴ世界音楽大事典』の表記に従って< >内に示し、曲集中の曲名などで< >と区別したい場合は、< >内に「 」を用いて表記する。映画、著書、番組、映像、CD、DVD名は『 』で、番組中のタイトル名は「 」で表記する。