クルターグ・ジェルジュ夫妻
ロンドン・コンサートとゴールド・メダル受賞

降矢美彌子(宮城教育大学名誉教授)

 クルターグ・ジェルジュは、1926年現ルーマニア領のルゴシュ生まれのハンガリーの作曲家。リスト音楽院で、リゲティ・ジェルジュと同期で、生涯の親友であり、21世紀前半最も活躍する作曲家として知られる。ヨーロッパの各地の音楽祭で、クルターグ作品展が行われてきた。

 12月1日、ロンドンのクリーン・エリザベス・ホールで、クルターグ・ジェルジュ、マールタ夫人によるコンサートが行われた。昨年9月のパリのシティホールでのコンサート後、約1年余が経つ。クルターグは、1926年生まれの87歳、マールタ夫人は、86歳。コンサートの第一部は、アムステルダム在住のヴァイオリニスト菊地裕美さんのソロで、クルターグ作曲「ヒパルテイータ」作品43(2000-04年)。第二部は、クルターグ夫妻による自作(バッハの編曲作品が含まれる)によるソロとデュオのリサイタル。

第一部、曲目は、ヒパルテイータ

バイオリンは、菊池裕美さん

 クルターグ夫妻は、67年にわたってソロとデュオによる自作のコンサートをパリのオペラ座、ニューヨークのカーネギー・ホールなど世界の各地で行ってきた。今回もクルターグのソロに始まり、夫妻のデュオ、マールタ夫人ソロ、夫妻のデュオという構成。マールタ夫人の誕生日に奉げられた新曲も初演された。67年に及ぶ作曲家夫妻の協働のコンサートは、音楽史上稀有なことで、天空に舞うかのような音楽に聴衆はスタンデイング・オーベーションで応えた。アンコールは、シューマンを編曲した連弾、初めてのことであった。
 クルターグは、シュタインウエイのグランド・ピアノを好まない。今回も最初から最後まで弱音ペダルを施したアップライト・ピアノを使用された。ご子息のクルターグ・ジュニアがミキシングを行った。プログラムは、『ヤーテッコック(遊び)』(1973年― )、リガトゥラ、バッハ編曲作品からの抜粋で21曲、内6曲が連弾、13番目に演奏された Ligatura dolce-amara-amara-….to Marta-for right hand が、初演だった。

 リサイタル後、87歳のクルターグに「ロイヤル・フィルハーモニック協会」のゴールド・メダルが授与された。同協会の最高栄誉。授与式後、クルターグは短く「歴代の作曲家の列に並び光栄であること、自分は言葉で語る人間ではないので」とどもりながら話され、マールタ夫人ともに、モーツァルトのト長調の変奏曲の連弾用編曲を演奏なさった。

マールタ夫人のピアノ・ソロ 


ステージ上にベートヴェンの胸像
 同協会は、ベートーヴェンに「交響曲第9番」を委嘱した団体として知られていて、コンサート前に、そのことがアナウンスされ、ステージには、ベートーヴェンの胸像が飾られていた。ピアノの後ろがベートーヴェンの胸像。同協会は、1813年に「ロンドン・フィルハーモニック協会」として発足。1912年より「ロイヤル・フィルハーモニック協会」に改称し活動を継続している。今年は協会にとっても創設100年目という記念の年。
 ゴールド・メダルは、ベートーヴェンの生誕100年に当たる1870年 に創設されたもの、これまでに、ブラームスやエルガー、ストラヴィンスキー、ブリテン、ホロヴィッツ、バーンスタイン、最近ではバレンボイムやアーノンクール、ラトルらに授与されている。本年度は、クルターグとピアニスト、アンドゥラーシュ・シフに授与された。日本人では、昨年ピアニストの内田光子氏に授与されている。
 なお、クルターグは、この数年、最初で最後のオペラの作曲に取り組んでいる。サミュエル・ベケット作「エンド・ゲーム」。昨年、ザルツブルグの音楽祭で初演が予定されていたが、キャンセルされた。クルターグは、すべてを投げ打ってオペラの作曲に取り組んでいたが、完成と同時に破棄し、また、新たに書き始めたのだ。初演の予定は、2015年、ミラノのスカラ座。

イギリスのジャーナリストで研究者のイヴァン・ヒュウーイット氏による翌日の評論を以下に添える。


祝賀 静かで強烈な印象の夜

 クルターグ・ジェルジュは、戦後、音楽を新しい方向へと導いた1920年代生まれのいわば伝説の作曲家の一人である。しかし、彼らとは違って、クルターグは、構築した様式で作曲を続けることはしなかった。彼は、常に、ゼロから物事を始め、白紙の状態に直面するという永遠のアマチュアなのだ。

 今回の全クルターグ作品によるコンサートは、改めて、彼の音楽は美しく、また、全く独特な発見に満ちていることを想起させた。それは、静かに音から音へと生きている。クルターグは87歳で、少し体力も落ち、旅行には消極的だ。しかし、ローヤル・フィルハーモニー協会の「ゴールド・メダル」を受賞するという特別な機会であったため、クルターグはやってきて、留まることなく作曲し続けている教育的作品『ヤーテーコック』(現在は8巻になる)と名付けられた選集から12曲をマールタ夫人とともに演奏した。

 彼らのコンサートの前に、クルターグの「ヒパルテイータ」と名付けられたヴァイオリン・ソロによる8部分による細密画のような作品が演奏された。それらは、一連の溜息のような緊張の強さに耐えがたい悲しみの雰囲気で始まった。それらの1曲1曲の間には、本当に深い意味をもつ沈黙があり、まるでサミュエル・ベケットの世界を介して濾過したとでもいうようなイタリアのマドリガルのようであった。その後、少しやつれたように2声のコラールが続き、やがて、重い思いをもつ巡礼者の隊列を呼び起こし、そして終結に向かって永遠に絶えることなく動き続けるエネルギーが溢れた。

 ソリストの菊地裕美は、すべての跳躍と和音を完全にマスターしていて、美しい音色を奏でるエネルギーに満ちて、完璧だった。それは、驚くべく偉業と言えよう。

 クルターグ夫妻が奏するソロとピアノの連弾は、異なった形で奏され、美しかった。時折見せる躊躇いは、彼らの演奏への知恵に比べて何も意味を持たない。 共同の演奏活動を60年以上一緒に行ってきた全てが、その瞬間にカプセルに詰められたかのようだった。彼らは、普通のグランド・ピアノを用いず、最初から終わりまでミュート・ペダルを踏んだアップライト・ピアノを用いた。それを同じくクルターグ・ジェルジュと名づけられた子息の繊細なミキシングによって会場に届けた。
 この結果、 超自然的な優しさと明快で上空に漂っているかのような人間の努力を何も借りていないように聴こえる音だけが奏でられたのである 。クルターグの作品は、多くの静かだが強烈という瞬間を持っている。初演のマールタ夫人に捧げられたリガトゥラ・ドルチェの素朴で自然な光を放つ和音の連続のように。
 ロイヤル・フィルハーモニー協会議長のジョン・ギルホイ氏から「ゴールド・メダル」授与のプレゼンテイションを受けた後、最高の瞬間がやって来た。クルターグは、「私は、言葉で語る人間ではないのです」と申し訳なさそうに謝意を表し、モーツアルトのト長調の変奏曲の連弾への編曲をマールタ夫人と演奏した。私たちの全ては、言葉を失い、深い沈黙で静まり返った。(降矢 訳)
 (平井洋さんの音楽旅への原稿)

受賞後、モーツァルトの変奏曲を演奏し終えたクルターグ夫妻