クルターグのエピソード(2006年2月19日のこと)

クルターグ夫妻と筆者

 2006年2月19日はクルターグの80歳の誕生日、80歳記念連続演奏会最終日がハンガリーの首都ブダペシュトにあるリスト音楽大学大ホールで行われた。出身校で、長年室内楽の教鞭をとったリスト音楽大学には、満員の聴衆が熱気に溢れて集まり、クルターグの演奏会を楽しみ、元気な活躍ぶりに酔いしれた。クルターグは、挨拶のためステージに上がった後、高いステージから若い頃のように身軽に飛び降りて、聴衆を驚かせた。

 <花、人のように ミヤコへ>は、クルターグが2001年3月末に亡くなった私の父の死を悼んで贈って下さった作品である。1分余の短いピアノ・ソロのためのこの作品は、その後、チェロとピアノ、弦楽トリオに編曲され、弦楽トリオは、パリでの初演後、再演を重ね、CDに収録されている。 

 演奏会後、マールタ夫人に導かれて、祝福を受ける楽屋のクルターグを訪れると、「どこへしまったっけ?」と私への誕生日のプレゼントを探し出し、白い封筒を渡してくれた。実は、クルターグと私は、誕生日が同じなのである。毎年のように、「先生、お誕生日おめでとうございます。私も先生と同じ誕生日なのです。」というと、「本当かい?それは不思議だね。」とおっしゃりながら、毎年、クルターグは、そのことを忘れている。

クルターグの庭

 封筒には、「ミヤコへ 誕生日に。 大きなー大きな愛を込めて、ジュリ先生・マールタ」と書いてあって、手書きの<花、人のように ミヤコへ(Virag az ember Mijakonak) 〔alio modo〕>の3ページの連弾の楽譜と、この連弾の収められた新しいCD<Kurtag:Jatekok _Gabor Cslog, Marta and Gyorgy Kurtag,Andras Kemenes>(EMB EMC CD123)とGyorgy Kurtag Kafka-Fragmente ―Juliane Banse, Andras >(ECM New Series 1965 476 3099)が入っていた。

 曲末には、いつものように Budapest 05.・.11, Paris 2001. ・ .11 と作曲年が書いてある。楽譜の4ページ目には、「ミヤコへ。お誕生日おめでとう!...同じ日に生まれたことを初めて忘れていない... 大変大きな愛を込めて ジュリ先生 2月19日ブダペシュト(Mijakonak boldog szuletesnapot!  eloszor nem felejteme el hogy ugyanazon a napon szulettunk Nagyon nagy szeretettel Gy.T.u. Budapest, 2006 februar 19)」と書いてあった。

クルターグの庭

 連続演奏会後の2月22日、ハンガリーラジオ局で行われた<..quasi una fantasia..>のリハーサルを聴いた後、夜にヴァイオリンの菊地裕美さんとヴィオラの波木井賢さんのレッスンを見学させていただいた。春の初演に備えて厳しいレッスンが行われていた。驚いたことに<花、人のように ミヤコへ>のヴァイオリンとヴィオラのデユオが作曲されていて、その場で修正されながら、美しいデユオが世に誕生していった。クルターグは、「Jaj!(ハンガリー語でああ!という意)という痛みだ」と最後の和音を説明される。静かな深い悲しみを表現するピアノ・ソロ。弱音で奏される類ない美しさをもつ弦楽トリオ。神秘的な美しさに拡がるミクロコスモス、ピアノ・デユオ。深い痛みの中に終わるヴァイオリン・ヴィオラ・デユオ。<花、人のように ミヤコへ>には、クルターグ作品にとって深い意味をもつ旋法による短いスケールと完全5度が象徴的に用いられている。裕美さん、賢さんのレッスンを聴きながら、美しい作品の誕生に立ち会えた身の震えるよう感動を覚えた。

 <花、人のように ミヤコへ>の各編曲作品は、それぞれ同じ作品であって、また、全く異なった世界をもっている。帰国後クルターグ夫妻の <花、人のように ミヤコへ>のピアノ・デユオのCDを聴きながら、このことを思い、私は息を呑む様な衝撃を覚えたのであった。私にとっても、生涯忘すれることのできない誕生日となったのである。(これらの作品は、すでにEMBから、<Signs,Games and Messages for string trio Z.14 223, <Jatekok zongorara ・巻> に収められている。)2006.3.10

(文字化けするため、ハンガリー語の母音表記を行わない。)