マールタ・ジェルジュ・クルターグ夫妻
パリのシティ・ホール・コンサート

 
 2012年9月22日、パリのシティ・ホール(cite de la musique)でマールタ・ジェルジュ・クルターグ夫妻の演奏会が行われた。シティ・ホールの秋の「バッハ・クルターグ・サイクル」という1週間にわたるバッハとクルターグ作品をフィーチャーしたシリーズの中日に行われた。夫妻のコンサートは定評がある。が、今回は、特別だった。というのも、クルターグは生涯最初で最後のオペラの作曲に取り掛かり、3年間リサイタルやレッスンを封印した。パリのシティ・ホールのコンサートは、封印後の初のコンサートだったのだ。クルターグはサミュエル・ベケットのオペラの作曲に3年間取り掛かり完成をみて、今回のコンサートとなった。翌日23日には、同会場で、午前中3時間、夕方3時間、ベートーヴェンとバルトークの弦楽四重奏曲のレッスンを行った。
 しかし、ベケットのオペラは初演されることなく、クルターグは、新たな3年計画でベケットのオペラの作曲に取り掛かっている。
 クルターグは、今年86歳、マールタ夫人は85歳。結婚65年、二人の協同の仕事の歴史は65年に及ぶ。コンサートのなかった3年間のブランクを埋めるべくシティ・ホールは満員の聴衆、熱い期待に溢れた。夫妻は、自然体でゆっくり少し足元がおぼつかない感じでステージに現れた。
コンサートはクルターグのソロに始まり、いつものようにデユオと二人のソロ。演奏された作品は、バッハの自身による編曲作品と『ヤーテーコック(遊び)(Játékok)』から。いつものコンサートと違ったのは、アンコール5回を入れて90分間、休憩なしで演奏なさったこと。私は、これほど長時間お二人が続けて演奏するのを聴いたことがない。全41曲、その内バッハの編曲作品は10曲であった。完璧なまでにコントロールされ、なおかつ人間的なメッセージに溢れた演奏。個性的な一人ずつのソロと二人のデュオは、音楽がただ泉のように自然そのものとして溢れる。聴衆は、熱狂して5回のアンコールとなった。シティ・ホールは、3ヶ月間の期限を切って、You-tubeにこのコンサートを載せた。

http://www.citedelamusiquelive.tv/Concert/0992349.html

プログラム解説を以下に転載する。 フランス語からの翻訳;隠岐由紀子 (補足降矢美彌子)

バッハ=クルターグ・サイクル

 「私は聖書を文字通りに信じているわけではないが、バッハのフーガの中にはまさに磔刑が存在するのであり、釘を打つ音が聞こえる気がする。私は絶えず音楽の中に、人が(キリストを十字架につけるべく)釘を打つ情景を求めている。」
(ジェルジュ・クルターグ、バーリント・アンドゥラーシュ・ヴァルガ著『クルターグ』の「三度目のインタビュー」の「キーワード」より)

 『平均律クラヴィーア曲集』新版について、シューマンは次のように書いている。「バッハのフーガの大部分はこの種の楽曲の非常に高尚な、しばしば真の詩的といえるような性格をもっている。それぞれがその曲に固有の光や特殊な影の表現を要求してくる。」

 9月19日にアンサンブル・アンテルコンタンポラン(Ensemble intercontemprain)のソリストたちによって演奏された「 R.シューマンへの賛歌」についてもこれと同じようなことが言えよう。短時間ではあったが、シューマンの世界に集う想像上の人物たちを喚起するものがそこにはあった。『サイン、遊び、メッセージ』コレクションに関して言えば、確かにJ.S.バッハへの美しい賛美の念に満ちていた。

 9月20日にアンサンブル・アンテルコンタンポランによって演奏された「フーガの技法の抜粋は、現代の二人の作曲家、ヨハネス・シュルホルンと野平一郎によって、書き換え、楽曲化されたものである。この記念碑的な純粋音楽とクルターグの音声的楽曲の短編的表現は非常に強いコントラストをなしている。「アンナ・アフマートヴァの四つのカプリッチオ」の中で、クルターグはイシュトヴァーン・バリントのシュルレアリスティックな詩句と自由にたわむれている。一方「アンナ・アフマートヴァの四つの詩」では、彼は爆発の瞬間を最後まで控えるのだ。バッハのカンタータの苦しげなフレーズのようだ。

 1987年のクルターグの「カフカ断章」のスケールに、「ケラー・ビブラート」を読み取ることができよう。事実、ヴァイオリンのパートは、同年にケラー四重奏団を創立したアンドゥラーシュ・ケラーに捧げられている。以来音楽家たちはハンガリーの作曲家の弦楽器のためのアンソロジーを刻んできた。ケラー派は、彼ら以前のジュリアード派のように、バッハの「フーガの技法」の四重奏用を同じように用いている。そこにはクルターグが自身の『マショーからバッハへ編曲集』の中で壮麗に展開した管弦楽の技の痕跡が認められる。

 マールタとジェルジュ・クルターグが『バッハの編曲集』ないし『ヤーテーコック(遊び)(Játékok)』選集から選んだ作品を4手連弾を見るのは、単に「ピアノに向かう作曲家」を聴くことではない。それは、類まれな正確さと強靭さで音楽を具現化する二つの肉体の衝撃的な「見世物」とでも言うべき「事件」に立ち会うことなのだ。バッハが描いたバロックのソナタとクルターグの室内楽曲との間には数々にこだまするものがある。9月25日のヴィーン・ピアノ・トリオ演奏の「ヴァルガ・バーリント・リガトゥラ(Varga Bálint Ligaturája)」の中の重たげな和音の連結を通して、荘厳な合唱は、衝撃的なスペクタクルのような色彩をまとう。しかし、この遠い照応感はまた別のもっと秘めた絆をも思わせもする。その中でクルターグはヴァイオリンのための「ペーター・ボルネミサ( Péter Bornemisza)」の一節をソプラノとピアノの曲に書き換えている。信仰を物語るこの清らかな旋律は、バッハの「受難曲」を思い出させずにはおかない。

 Accents誌のインタビューでピエール・ローラン・エマールは次のように述べている。「1970年代の末に、ブダペシュトで僕はクルターグに出会った。当時彼はフランスでは全く知られていなかった。僕はこの偉大な音楽家に衝撃を受けた。僕には彼が音楽の真髄を体現しているように思われた。」それ以来、このピアニストは度々このハンガリーの作曲家の音楽を演奏してきた。クルターグは次のように言う。「我々の人生の全ては、自己の内なる子どもなるものを再発見する巡礼の旅なのだ。」

 バルトークの『ミクロコスモス』にも似て、クルターグのピアノ小品集『ヤーテーコック(遊び)』は『ピアノの学校(Zongora iskola』をはるかに超えるものである。これは、クルターグの感動的なスケッチ帳のようなもので、このノートの中で彼は実験を試み、ユーモアをこめて他の作曲家達を模倣し、五線紙の上に彼の感動的なメロディーを書いているのだ。

 パリ・シティ・ホールのバッハ・クルターグ・シリーズのプログラムは、9月19日から26日まで以下のように行なわれた。

アンサンブル・アンテルコンタンポラン(Ensemble intercontemporain)(フランスの現代音楽室内楽団)
9月19日 20時―

アンサンブル・アンテルコンタンポラン・パトリック・デーヴィン(Patrick Davin)(指揮者)、
ナタリア・ザゴリンスカヤ(Natalia Zagorinskaya)(ソプラノ)
9月20日 20時―

ケラー弦楽四重奏団(Quatuor Keller)
9月21日 20時―

マールタ・ジェルジュ・クルターグ夫妻デュオ・リサイタル
9月22日 20時―

ジェルジュ・クルターグ・マスタークラス
9月23日 10時―

ウィーン・ピアノ・トリオ(Wiener Klaviertrio)
9月25日 20時―

ピエール=ローラン・エマール(Pierre-Laurent Aimard)(フランスのピアニスト)
9月26日 20時―

 (本稿は、平井洋氏の音楽情報サイトMusic sceneへの寄稿文である。)