『クルターグ・プレイ・クルターグ
ー米国議会図書館でのクルターグ演奏会』

 2009年2月10日(火) 
IONARTS in Washington, D.C. 
チャールズ・T・ダウニィ
 クルターグ・ジェルジュは、IONARTSで長年人気のある作曲家のリストにあがっている。82歳という年齢で、このハンガリーの作曲家が初めてアメリカ合衆国を訪問した。アメリカは、この年を「ハンガリー文化の年」と設定した。この催しの中で、2月7日、米国議会図書館で、クルターグの歴史的に重要な演奏会が行なわれた。

 1940年4月13日、ヴァイオリニストのシゲティ・ヨージェフは、ハンガリーの作曲家バルトーク・ベーラがアメリカに着いた2日後に、米国議会図書館において、彼と一緒にコンサートを行った。
 そのコンサートは、レコード盤に録音されたが(後にCDとして再リリースされた)、クルターグは、そのコンサートを「全てのハンガリーの音楽家にとって非常に重要な出来事であった」と語っている。
 バルトークの晩年の仕事を大きく支えたエリザベス・スピローグ・クーリッジの遺産を継承している米国議会図書館は、クルターグに新作を委嘱し、作品は、クルターグと妻クルターグ・マールタによって、このコンサートで初演された。
  『バルトークを頌えて』と題されたこの作品は2手と4手のピアノのための組曲で、1940年のコンサートへの思い出に捧げられた。クルターグは、最初に、対になった2つの楽章を演奏した。作品は、ソルボンヌ大学(パリ第3大学)の教授で2008年9月に死去したハイデー・カルバーギに捧げられていた。
夫人のマールタは、「マールタへ」(マールタは、彼のミューズである)と名づけられた終楽章を演奏した。クルターグ夫妻は二人で中間の楽章を演奏した。それは、バッハのコラールを4手のピアノ連弾曲に編曲したもので、クルターグが編曲し続けているシリーズの一つである。
 クルターグの典型的な連弾の手法である、きらきらと響く不協和音の流れは、誰よりも彼の師であるメシアンを思わせるが、バロックの対位法や躍動的な作風とは対照的な魅力をもっていた。
 演奏会の最後には夫婦で手をつないで現れ、スーザン・ヴィタに新作の楽譜を手渡した。スーザンは米国議会図書館のパフォーミング・アーツ事業部のチーフである。楽譜はホールの入り口にある陳列ケースの中に置かれることとなった。

 クルターグ夫妻は、新作を図書館のスタインウェイで演奏したが、コンサートの前半は、電子音響を伴ったピアノで演奏した。それは非常に繊細で、ダイナミックなスペクトルの上に、息継ぎのコントロールまでをも生み出していた。
 彼らはピアノ小品集「遊び」の中から、魅力的な作品を選曲して演奏した。が、いくつかは2手のためでいくつかは4手のためであった。それに加えてバッハがオルガンのために作曲したコラールをクルターグがピアノのための4手連弾用に編曲した作品も演奏した。(同じ演奏内容、couple’s 2000 ECM disc.に収録。)
 20世紀の中で音楽史上、このように幅の広い音楽を扱った音楽家はほとんどいない。クルターグは過去と自身の生きている現代において、バッハをより明確に取り入れ、また、他の多くの作曲家の作品も自分の作品に取り入れている。それらは、広範囲に及び、彼の作品を通して彼が何を学んだかがわかるのである。
 一方で、クルターグのいくつかの作品に見られる、ミニチュアを作るという趣向 ─ 簡潔でしかも、ひとひねりした、しかし決してうわべだけのいい加減なものではない ─ は、いくつかの点で、まじめで究極の道化役者としてのエリック・サティによく似ている。その事は、個々の作品よりもクルターグ・デュオの持つイメージにより多く表れる。
 二人は結婚して60年になるが、長く連れ添った夫妻はピアノの椅子に並んで座り、腕をしばしば交差するように組み合わせて弾いた。また、一方がソロを演奏する時には、もう一方は注意深く立ちあがって、ページをめくり、また、距離のある低い音域をクラスターで静かに弾いた。
クルターグの最初の演奏曲目はバルトークのミクロコスモス第1巻より「5度下のカノン」で幕が上がった。コンサートは、終わりまでずっとバルトークとクルターグの二人のハンガリーの作曲家を結び付けていた。

 最後の二曲はケラー弦楽四重奏団によって演奏された。第1ヴァイオリンのアンドゥラーシュ・ケラーはフリッツ・クライスラー・ライブラリーに寄贈されたdel Gesu で知られる1733年のグァルネーリの銘器で見事な演奏をきかせた。
 しかし、何よりも、それはクルターグの弦楽四重奏曲の3度目の演奏が聴けるというまたとない機会となった。(昨年、パーカー・カルテットとザ・レフト・バンク・カルテットによる2回の演奏があった。)6つの音楽の断片の瞬間op.44では、第2ヴァイオリンの弦が外れるという不運な出だしにもかかわらず、素晴らしく演奏された。この作品は、まだ録音されてはいない。
 この演奏会は、バルトークの弦楽四重奏曲第5番で幕を閉ることによって、バルトークとクルターグとの完全なる軌跡を描いた。バルトークのこの作品は、エリザベス・スピローグ・クーリッジによって依頼され、1935年に初演された。