IT時代の異文化音楽の指導法
―宮城教育大学附属中学校の<アフリカの音楽を楽しもう>の授業からー

                           宮城教育大学 降矢美彌子
 去る6月1日、宮城教育大学附属中学校の公開研究会において、橋本牧教諭によって<アフリカの音楽を楽しもう>という提案授業が行われた。3年生を対象に、題材は南アフリカ、スワジの混声合唱「ニクンブリ・ラーンガ」(Ngikhumbuli langa)、結婚式などによく歌われるという愛の歌である。提案授業時のねらいは、この合唱に踊りをつけることであった。
 橋本教諭は、この曲に用いられているスワジ語の発音や、歌や踊りをコンピューターとプロジェクター、CD-ROM、ビデオを使って指導した。使用されたのは、インデイアナ大学教授メアリ・ゲッツ(Mary Goetze)が異文化音楽学習マニュアルとして開発したGlobal Voices In Song注(注の字は上付きでお願いします)というCD-ROMのセットである。このCD−ROMは、昨年7月カナダのエドモントンで開催されたISME2000で、メアリ・ゲッツによって紹介された。ゲッツは、口承で伝承された音楽は、五線譜などのペーパーに置き換えることなく、丸ごと声から声へ、動きから動きへと学び取られなければならないと考え、数年にわたる実践試行を経た後、異文化学習マニュアルCD~ROM Global VoicesIn Songを開発・出版した。
 ゲッツの試行には、日本の民俗芸能も含まれる。ゲッツは、1996年にアムステルダムで開催された第22回のISMEの大会におけるコンサートやワークショップで、福島コダーイ合唱団によって演じられた福島県の民俗芸能じゃんがら念仏踊りに見聞きして感銘を受け、その時収録したビデオを使ってインデイアナ大学のインターナショナル・ヴォーカル・アンサンブル(International Vocal Ensemble)を指導し、その年の演奏会のプログラムとした。ゲッツは、ISMEにおけるコンサートと日本伝統音楽のワークショップでじゃんがら念仏踊りを見聞きしただけだった。ゲッツから送られたCDやビデオでこの演奏会の演奏を聴き、私は驚愕した。完璧な日本の民謡の声だった。踊りについては、腰高でいかにもアメリカ人の踊りだと思われたが、発音や発声は、まさに日本民謡という曲種に応じた発声だったのだ。驚いた私は、どのように学習させたかを問うた。彼女の答えは簡単明瞭、何度も何度も丁寧に見てまねただけだという。何百回も見たのだという。それ以前にゲッツは、異文化は直接伝承者から学ぶべきものとの考えによって、留学生の非常に多いインデイアナ大学の利点を生かし、留学生から直接指導を受けさせるという方法で、アジア、アフリカ、南アメリカ、東欧など多くの民族の多様な唱法による歌の数々を指導していた。まさにインターナショナル・ヴォーカル・アンサンブルである。しかしビデオだけによる指導はじゃんがら念仏踊りが初めてだった。このときの経験が、彼女に異文化学習にどのような情報が必要かという知識を明確に与え、スワジの混声合唱による異文化学習マニュアルGlobal Voicesの開発へとつながった。ゲッツは、南アメリカで開催された第23回ISME大会で初めて南アフリカを訪れ、大会終了後フィールドワークを行って、異文化学習に必要な情報の全てを収集した。歌や踊りは、単に歌や踊りだけを学習するものではない。それらをめぐる文化全般の知識も必要だ。このCD−ROMには、そのような情報が詰まっている。
 ゲッツは、昨年秋初来日し、日本の歌や踊りのフィールドワークを行しながら、このCD−ROMを用いて全国数カ所でスワジの混声合唱のワークショップを開いた。橋本教諭は、福島でのワークショップに参加し、ゲッツから直接にスワジの混声合唱や踊りを学んだ。その経験の経ての授業公開だった。
 南アフリカでは、白人による極端な人種隔離政策・アパルトヘイトが長年にわたって取られた。黒人達は歌や踊りをこのような差別との戦いの武器として歌い踊ってきた。スワジの合唱は、このような歴史をもつ白人化が進んだ南アフリカ音楽にあって、いわば西洋合唱と黒人音楽が混合したクレオール音楽―混合音楽と言えよう。スワジの混声合唱は、オーソドックスな西洋のソプラノ、アルト、テナー、バスという混声合唱の編成で、全て機能和声に基づいて構成されている。一方、アフリカ人独特の音色やパターンを切り替える際に用いられる女声のヒロヒロヒロヒロといった舌を細かくふるわせる叫び声、またパターン切り替えの即興性にはアフリカの歌の伝統が脈々と息づいている。
 広いアフリカの地は、民族も自然環境も文化も政治も宗教も言語もなにもかも実に多様である。今日では、政治紛争による殺し合いや飢餓や略奪、或いはエイズの脅威に曝されている地域も多く、かつてのような豊かな歌と踊りの大地といえない側面もあるが、しかし、アフリカの歌や踊りは実に豊富で魅力的である。余りに多様だからアフリカの諸民族の音楽を教えようと思っても、一体何を取り上げたらよいのか迷ってしまう。一般に異文化音楽の教育は、歌や踊りを伴わない器楽の方が導入しやすい。というのも歌や踊りは人間に取ってより本質的で、従って、カルチュア・ショックもより直接的で衝撃的であるからである。また、歌には言語がつくから、学習に一層困難が多いのである。思春期を迎えた中学生に異文化の歌や踊りは難しい。
 参観者の多い公開授業で中学3年生を対象にアフリカ、スワジ族の混声合唱の踊りを採り上げた橋本教諭の勇気に拍手を送りたい。ゲッツのCD−ROMには、歌詞の意味を分かってスワジ語の発音を何度も繰り返し練習できるように工夫されていて、また、楽譜を見ることなく混声合唱を学習できるようにパート演奏が入っている。舞台用につけられた踊りはスローモーションも入っていて、踊り方を丁寧に学習できるように作られている。
 当日の宮城教育大学附属中学校3年生の歌声には、ほとんど苦無くスワジ語の混声合唱に取り組み、喜びをもって歌っていることうかがえた。しかし、アフリカの人々独特の魅力ある野太い音色をつかむには時間が必要だろうと思われた。日本の子どもたちは、学校では長い間、頭声的な発声で教えられてきているから、それ以外の声の出し方に不慣れだ。
 さて、踊りはやはり難しい。シンコペーションを非常に多く含むリズムそのものがアフリカ音楽の異文化性で、それを捉えてステップを踏むことがまず難しい。しかし、生徒達の踊りからは、このリズムを捉える指導がうまくいけば、喜びをもって踊るのではないかということも実感できた。アフリカ・スワジ族の混声合唱は、このようなCD−ROMに示された様な指導法を採れば、容易で楽しく、中学生のアフリカ音楽学習への導入に非常に適しているのではないかと思われた。歌って踊ってということが人間にとってより本質的であることを考えれば、是非多くの中学校でこのような授業が取り組まれて欲しいと強く実感させられた。

注 
Mary Goetze & Jay Fern
Global Voices In Song ?An Interactive Multicultural Experience ?Volume1: Four Swazi
Songs (http://www.globalvoicesinsong.com/