W1・5
<多文化合唱への誘い〜曲種にあった唱法で歌ってみましょう!>
宮城教育大学 降矢美彌子
1.はじめに
 2002年度から学校音楽教育の歌唱は、頭声的な発声が望ましいと言うことではなく、自然で無理のない声の出し方や曲種に応じた声の出し方で世界や日本の歌を指導することとなった。世界の民族は実に多様な声の出し方で魅力的に自分たちの歌を歌っているから、これはまさに至極当然のことと言えよう。このように多様化しグローバル化した地球では、もはや、1つの音楽観や1つの声の出し方で、全ての音楽や文化を取り扱うことはできない。世界の合唱の潮流は、様々な民族の歌を、それぞれの声で歌うという多文化合唱になって来ている。フィンランド、アメリカ、カナダなどでそのような理念による素晴らしい合唱が生まれている。
 ワークショップ<多文化合唱への誘い〜曲種にあった唱法で歌ってみましょう!>では、このような新しい多文化合唱1の世界を紹介するとともに、以下の歌や合唱を取り扱って、曲種に応じた歌い方で世界や日本の世界を体験し、インデイアナ大学のメアリー・ゲッツ(Mary Goetze)教授が開発した CD-ROM(Global Voices in song)を用いた新しい指導方法を紹介するものである。
<取り扱う歌>
1) 合唱の基礎としての西洋の頭声発声によるア・カペラ合唱 オットー・フィッシャー()作曲
「もしも小さい鐘になれたら」(com. Otto Fisher;Wenn ich ein Glocklein war)
2) 西洋の合唱の中でも頭声発声ではないブルガリアン・ヴォイスといわれているブルガリアの
 民謡発声による合唱 フィリップ・クーテフ編曲 「マルカ・モーマ」(arr. Philip Koutev;Malka moma )
3) アフリカの合唱の中では、最も西洋合唱の影響を受けていると考えられる南アフリカ・スワジ族の
 混声合唱 「1940年に僕らは自転車にのった」 (Amabahysikili)
4) 日本の歌の中では、比較的教材になることの少ないアイヌ民族と沖縄八重山諸島竹富島の
 わらべうたや踊りから
 阿寒湖アイヌコタンのリムセ「ウタリオプン」とウポポ「イカムッカーサンケー」
 竹富島のわらべうた「フーユベマー」と「ピービージャー」
2.世界の新しい合唱の潮流
 
ここでは、世界にある多文化合唱に取り組んでいる合唱団の内、ワークショップの中で扱った3つの合唱団と日本で多文化合唱に取り組んでいる福島コダーイ合唱団に絞って紹介したい。
 1)タピオラ合唱団 Tapiolan kuoro
 エリッキ・ポヒョラ(Erkki Pohjola)によってフィンランドのエスポー市に1963年に創設された。<多文化合唱>のパイオニアとも考えられる。タピオラ合唱団の指導は1994年から後継者のアアラ・ペレネン(Kari Ala-Pollanen)に引き継がれている。ポヒョラは、合唱指揮者のみならず、教科書制作、音楽院の設立、音楽祭の監督等の幅広い活動を行った。彼は、始めに室内楽を学びヴィオラを演奏していたこともあり、中学校におけるオーケストラの指導から活動を開始した。今日も、タピオラ・ユース・オーケストラとタピオラ合唱団が活動している。ポヒョラは、自書の中でコダーイ・システムとブルガリアの合唱に影響を受けたと記している2。1970年スエーデン放送主催の合唱コンクールで、1971年イギリス国営放送主催の合唱コンクールで優勝し、その後の世界各地への演奏旅行や講演を行い、その自由な子どもたちの歌声や子どもたちを尊重する指導法が大きな反響を呼んだ。
 ポヒョラの指導方針は、以下の3つと考えられる。1)自国の民謡の尊重、2)合唱と楽器の両方の学習、3)自国の作曲家による新しい合唱曲の創造。1)については、民謡は民謡の発声で、民俗楽器や民俗舞踊を伴って、指揮者無しで歌われる。2)については、合唱団のメンバーも楽器演奏を学ぶ。3)については、若いフィンランドの作曲家による数々の作品は、今日では、世界中の児童合唱の重要なレパートリーとなっている。そして、その指導の基本は、一糸乱れぬ統率とは別の、自由で楽しい歌声を保障する子どもたちの自立である。このエリッキの仕事は、その後の児童合唱に大きな影響を与えた。
4) インターナショナル・ヴォーカル・アンサンブル International Vocal Ensemble
インデイアナ大学の学生をメンバーとし、1995年にインデイアナ大学教授メアリー・ゲッツ(Mary Goetze)によって設立された。レパートリーは、西洋の伝統音楽以外の世界の各地の音楽、アジア、アフリカ、東欧、南アメリカなどの非常に幅広い合唱音楽である。可能な限り、オリジナルな声と音楽の様式に忠実に、原語で歌う。リハーサル時間の一部は、音楽の理解やそれに関連するその音楽が生まれた文化を理解するためにあてられる。ゲッツは、楽譜などを用いずに、音楽の本質をゆがめないことを基本にした多文化合唱の指導法を研究し、多くの音楽はオリジナルな伝承者から直接学ばれ、またCD-ROMやサテライト・リンク−アップ・ライヴによって学ばれる。
 3)ニューファウンドランド・シンフォニー・ユース・クワイアー Newfoundland Symphony Youth Choir
 1992年にカナダのニュウファウンドランドで設立された。8歳から18歳までの子どもたちによるアマチュア合唱団。指揮者は、スーザン・ナイト(Susan Knight)とキー・アダムス(Ki Adams)。
数々の国内外の賞を受賞、2002年には第14回CBC国際アマチュア合唱コンクールで第一位を獲得した。タピオラ合唱団のポヒョラを指導者に招き、その影響を受けた。つまり、子どもの自立した歌声を基本に、西洋の伝統的なア・カペラ合唱に加えて、現代曲をレパートリーとすると同時に、民謡やアジア、東欧の合唱などをその声の出し方で歌い踊り、楽器を演奏するという基本的なあり方で合唱活動を行っている。特にユニゾンの美しさは比なく、合唱の基本が<ユニゾン>であることを実感させる。
 4)福島コダーイ合唱団 Fukushima Kodaly Choir
1987年に降矢美彌子によって設立された。福島県の教諭を中心メンバーとする。ハンガリーのコダーイの理念をその活動や学習のベースに据え、背景となる文化理解を大切にしながら、西洋の伝統的なア・カペラ合唱、取り分けハンガリーの現代作品をレパートリーの1つの柱とする一方、日本の民俗音楽、東ヨーロッパやアフリカの合唱をそれぞれの唱法や様式を生かして、原語で歌い踊り、楽器を奏す。ISMEやIKSの国際大会などで多くの海外演奏を行い、その多文化合唱が高く評価された。コダーイの生誕120年度記念した2002年8月2日の演奏会では、1部にコダーイとその後継者たちによるア・カペラ合唱をハンガリーの指揮者ウグリン・ガーボル(Ugrin Gabor)の指揮によって歌い、2部ではフィンランド、ブルガリア、南アフリカ、日本のアイヌ民族、沖縄、福島坂下地方のわらべうたや民謡などをそれぞれの唱法や衣装を用いて歌い踊り、笙、三線、ムックリなどの伝統楽器を奏した。
3.曲種にあった唱法で歌うこと
 さて、声の出し方は、基本的にその歌の母語の発音に深く関わっている。従って、曲種を考える前に、どのような言語による、どのような内容を持つ歌なのかということを理解することが重要である。その上で、第1に行うことは、内容を理解した歌詞の発音の練習、第2に歌い回し(音程やメリスマやフレーズ感等)の練習である。音楽には、ペーパーを用いて伝承されるものと用いないで伝承されるものがある。用いないで伝承される音楽の学習方法は簡単明瞭、1にも2にも模倣である。真っ白な心で、身体中を耳と目にして、模倣する。オリジナルな歌い手を1対1でダイレクトに見つめ、聴き、受け止め、模倣する。学習にあたって、ペーパーは、1対1のダイレクトな模倣の集中を妨げるから、決して用いない。この体験を重ねると、フィールドワークを行うことができない場合、CDなどの音源からもある程度深く学び取る力がつく。模倣しようとする学習者にとって重要なことは、そのようなオリジナルな<芸術家>(民俗音楽の場合、無名の民衆である場合が多い)に対する深い尊敬の念だろう。次に模倣を行う前提として以下の2つのことが不可欠だ。 
 第1に、その言語に対する基本的な知識(母音、子音の発音の原則等)と事前学習、第2に、その歌の背後にあるもの、生活や文化的に対する深い理解と共感。これらは音色や歌い回しに直接的に影響を与える。異文化である音楽の言語や文化背景や意味について理解し、共感することは容易いことではない。学習者がこれまで持ってきた感じ方、音楽観や分析の仕方で異文化を取り扱うことは危険だ。かつて、インデイアナ大学のゲッツが、ISMEアムステルダム大会における福島コダーイ合唱団の福島県いわき地方に伝わる《じゃんがら念仏踊り》の演奏やワークショップを見聴きし.帰国後インターナショナル・ヴォーカル・アンサンブルに、その時のビデオを模倣するという方法で、《じゃんがら念仏踊り》を指導し、見事にほぼ完璧に再現した際、たった一つ問題であったことは、その音色の<明るさ>(くったくのなさ)であった。それは、新盆の供養という念仏踊りの文化的背景やその意味を十分に知ることができなかったという理由によったのである。この時の検証は、その後のゲッツのCD-ROM教材開発に生かされた。
4.唱法に応じた歌の指導法
  ア・カペラで歌う合唱は、西洋であれ東洋であれ、倍音を聴きあって純正調のハーモニーを創るという基本は同じだ。純正調の学習のために、1つの音から完全8度、5度などの倍音を聴き取り、純正調の和音を響かせる練習をした後、教会で歌われ、倍音を聴き取りやすいハンガリーのカンテムス少年少女合唱団のフィッシャー作曲<もしも小さな鐘になれたら>のビデオ演奏を聴き、純正調の響きを確認してから、楽譜を読み西洋の様式にのっとって歌うことを試みた。次に、ゲッツの開発したCD-ROMを用いて、南アフリカのスワジの混声合唱<僕らは1940年に自転車にのった>を歌った。
 インデイアナ大学のメアリー・ゲッツが開発した異文化学習のためのCD-ROM (Global Voices in Song)は、オーラルに伝承される音楽の学習にとって必要と考えられる音楽的な要素(発音、歌詞訳、メロデイー、ハーモニー、動き)と文化的な要素(文化背景、歌の意味、演奏法、自然や暮らし等)を網羅し、オリジナルな歌い手からダイレクトに学べると言う点で、オリジナルな伝承者が身近にいない場合の異文化音楽の学習に1つの積極的提起を行っている。例えば、発音はネイテイヴな発音からダイレクトに学ぶのが一番であるが、このCD-ROMでは、何度でも繰り返し、必要に応じてコンピューター上でクリックすることによって、直ちに発音練習ができる。メロデイーもハーモニーも動きも全てクリック1つでダイレクトに学ぶことができる。同時に、文化的な背景や、スワジの合唱の特徴などについて必要な知識が得られる。
このような機器を用いる場合気を付けなくてはならないのは、指導者のファシリテイターとしてのあり方である。指導者には、CD-ROM上のオリジナルな演奏者と学習者をダイレクトに結びつける役割とともに、その音楽を理解し再現できる非常に高い能力が求められることは言うまでもない。また、可能な限り現地へのフィールドワーク行って、指導者自身が現地でダイレクトに音楽を学ぶ必要性は、機器が発展しても依然として大きい。さて、1口に合唱と言っても、その歌の歌われ方によって、上記2例のように指導方法や指導者のあり方は全く異なる。このワークショップでは、音楽の指導方法は単一ではなく、その歌のあり方に添わねばならないと言うことを示したいと思い、この2曲を選曲した。
 次に、このような高度な学習マニュアルが無い場合は、CDなどのオリジナルな音源を非常に注意深く聴かせながら、指導者の心と身体を通して伝えるオーラルな指導法を試みる必要がある。筆者がフィールドワークを行った沖縄の八重山諸島竹富島のわらべうたや北海道のアイヌ民族のウポポとリムセを、参加者一人一人と目と目を見合いながら、何度も何度も繰り返し、まるで1対1のコミュニケイションのように伝えることを試みた。指導者は、オリジナルな第一義的伝承者ではないから、声の質、唱法、歌い回しなどには絶えずオリジナルに注目させることが大切だ。また、声による音楽の多様性を示すために喉歌<倍音唱法>(ホーミーの基礎)の練習もわずかながら行った。なお、身体の保ち方も民族によって異なり、音色や音楽のあり方に大きな影響を与える。だから踊りを体験することは歌うことにとっても大切な体験だ。アイヌのリムセを踊ったのは、その理由による。
1 <多文化合唱>とは、背後に様々な生活や文化背景をもつ世界の合唱を、その背景の理解を踏まえ
 て、様式、唱法を尊重し生かして歌うことを目指す合唱で、筆者のネーミングである。
2 エリッキ・ポヒョラ著 松原千振訳『世界をつなぐ歌の橋―タピオラ合唱団の音楽教育』音楽之友
 社 1994年 pp.50-51
ワークショップ引用資料
<CD>
Bulgarian Polyphony Vol.1 The National Folk Ensemble “ Philip Koutev” VDP-1413
Reaching from the Rock / Newfoundland Symphony Youth Choir FMDC4605-2
One World , Many Voices ミOne Choir, Many Songs Volume I ・ II
/ Indiana University International Vocal Ensemble
Many Nations ミMany Voices 〜合唱が結ぶ日本と西洋〜 / 福島コダ―イ合唱団
<ビデオ>
Workshop by Susan Knight and Newfoundland Symphony Youth Choir /ISME Conference in Edmonton 2000
Tapiola Choir Concert /IKS & ESTA Congress in Helsinki 2001
Video Documentary 世界最高の少年少女合唱団を訪ねる「ハンガリー・カンテムス少年少女合唱団」
                   演奏会編 /企画・構成・制作 後藤田 純生
阿寒湖アイヌ口琴協会 弟子シギ子・沖縄八重山諸島竹富島 上勢頭 同子
<CD-ROM>
Global Voices in Song Volume -An International Multicultural Experience-1: Four Swazi Songs / Mary Goetze & Jay Fern
<合唱団ホームページ・アドレス>
http://www.sci.fi/~tapiolas/, http://www.indiana.edu/~ive/, http://www.nsyc.nf.ca/ http://www.furiya.ipc.miyakyo-u.ac.jp/