福島コダーイ合唱団アメリカ演奏旅行(2004.3)記録

世界をつなぐ音楽の掛け橋
―多文化合唱によるアメリカ演奏旅行レポート<音楽を通した心の交流>―
                              降矢美彌子(宮城教育大学)
 曲種に応じた唱法による多文化合唱
世界には実に様々な歌や合唱があり、多様な声の出し方で歌われている。つまり世界の諸民族による歌は、それぞれ曲種に応じた唱法で歌われている。福島コダーイ合唱団は、西洋音楽も非西洋音楽も、なるべく直接的に現地の方から学び、その本来的な様式で表現することをモットーに多文化合唱を実践している。
昨今の世界の児童合唱では、このような理念に基づいた多文化合唱の潮流がうねり始めている。80年代世界の合唱コンクールを総なめにしたフィンランドの<タピオラ合唱団>がこの潮流の走りと言えよう。創立者で常任指揮者であったフィンランドのエリッキ・ポヒョラ氏は日本に何度も来日して演奏会や講演会を行った。<タピオラ合唱団>は、民謡の唱法で自国の民謡を民俗楽器の伴奏で歌い、さらに数十の言語で諸民族の歌を歌ってきた。

福島コダーイ合唱団による多文化合唱によるアメリカ演奏旅行
多文化合唱の歌や踊りを実践する福島コダーイ合唱団の海外演奏旅行は今回で7回を数える。2004年3月、初めてのアメリカ演奏旅行を行った。演奏会とワークショップは、ミネソタ州のマカレスタ大学とインデイアナ州のインデイアナ大学で行われた。インデイアナ大学では、インターナショナル・ヴォーカル・アンサンブル(IVE)と合同演奏を行った。プログラムは<世界をつなぐ音楽の掛け橋>と題して、合唱団の活動する福島の民俗芸能<じゃんがら念仏踊り> から始め、北海道のアイヌ民族の歌と踊り、五箇山の<こきりこ>沖縄の歌と踊り、インドネシア・バリ島のケチャ、南アフリカのスワジ族などの混声合唱、ヨーロッパの合唱曲と世界を一周して、再び日本に戻って江戸寿獅子舞で演奏を終えるように構成した。初めての被爆国からのメッセージとして、本間雅夫氏による<八月の歌>も演奏した。また、越中五ヶ山筑子唄保存会から、歌い手の岩崎喜平さんと踊り手の高桑孝則さんも同行され、見事な歌と踊りを披露された。

インデイアナ大学のIVEとの多文化合同演奏―共同研究を踏まえてー
今回の演奏旅行で白眉は、何と言ってもインデイアナ大学のIVEとの合同演奏であったと言えよう。曲目は、日本の民俗芸能や民謡、南アフリカの混声合唱、西洋のア・カペラ合唱曲、具体的には、福島県いわきの<じゃんがら念仏踊り>と宮崎県民謡<刈り干し切り歌>、南アフリカのスワジ族などの混声合唱曲やコダーイ・ゾルターン作曲の<夕べの歌>など7曲である。正味3日間という短い滞在にもかかわらず、コンサート以外にもゴスペルソングのワークショップや、アメリカの先住民族PowWowの大会に参加し、日本のアイヌのウポポ(座り歌)、ムックリ(竹による口琴)やリムセ(踊り)などを演奏したから、合同練習やリハーサルの時間はわずかだった。
2つの合唱団は、歌本来の様々な唱法で歌う多文化合唱をレパートリーとしている。指導者のメアリー・ゲッツ教授と降矢は、1996年アムステルダムで行われた第22回国際音楽教育協会(ISME)の大会で出会い、多文化合唱の指導法に関する共同研究を8年間行った。2人は、五線譜を用いて伝承されてきた音楽には五線譜を用いて、五線譜で伝承されていない音楽には五線譜を用いることなく、まるごと伝承者から模倣するという理念で、異文化理解を踏まえた多文化音楽教育を行っている。
 IVEは、1996年に<じゃんがら念仏踊り>を定期演奏会で演奏している。ゲッツ教授は、ISMEの大会における福島コダーイ合唱団の演奏会とワークショップで<じゃんがら念仏踊り>を聞いて興味を覚え、ビデオテープを何百回と見て模倣するという手法で指導した。様式や発声においてその演奏は完璧と言えるものであった。ゲッツ教授は、以後<じゃんがら念仏踊り>の民俗音楽的な意味を学び、本年2月に開催されたアメリカの音楽教育の会議で再び<じゃんがら念仏踊り>上演し好評を博した。南アフリカのスワジ族の混声合唱は、2000年降矢の招聘でゲッツ教授が来日し、ともにフールドワークを行った際、福島コダーイ合唱団を対象にワークショップを行った。この間、ゲッツ教授と降矢は、音楽をその背景である生活やその他の文化と関連させて学ぶことを可能にする多文化音楽学習CD-ROMを共同開発・制作して来た。このような共同研究を踏まえた合同演奏は、日本の教員合唱団とアメリカの学生合唱団という、異民族、異年齢、異経験間2つの合唱団をアッという間に1つに結び、解け合うことを可能にした。

 異文化合唱を実現する指導方法―手から手へ、心から心へと
ゲッツ教授は、<刈り干し切り歌>を、福島コダーイ合唱団の数年前のCDをモデルにして練習させていた。今の演奏を聴いたゲッツ教授は、現在の合唱団の演奏はテンポも表情もあまりに異なると心配をあらわにした。歌にはそれに合った唱法があると同時に、演奏スタイルがある。降矢は、自由リズムのこの民謡を指揮することを好まない。降矢は、両合唱団員を隣り合わせになるように並ばせ、手と手を握り合わせて日本民謡独特の自由リズムによるうねりやコブシや間をIVEのメンバーに伝え合うという練習法を取った。山城祥二編曲混声合唱<刈り干し切り歌>にはソリストがいる。ソリストには、特に丁寧に<刈り干し切り歌>の歌の背景や歌詞の背後にある昔の日本の農村の人々の暮らしを伝えた。目を輝かせて聞き受け止め、本番ではそれを忘れずに歌いますと言うアメリカのソリスト達は素敵であった。一般のコンサートではあり得ない演奏スタイ
 ルではあったが、団員もソリストも、手と手を握り合って歌い合ったのである。
始めは一方的に日本のメンバーの手から発せられるエネルギーを一生懸命受け止めるだけだったIVEのメンバーは、本番では日本のメンバーの手を握り返し、むしろ沢山のエネルギーを伝え返したのだった。もちろん、ゲッツ教授も降矢も手をつないで、合同演奏に加わった。ゲッツも降矢もハンガリーで学んでいる。ハンガリーでは合唱指揮者は、指揮が必要でない場合、団員と一緒に歌うことが多い。

心から心への異文化交流―アメリカの学生の開かれた心―
 マカレスタ大学では、ロバート・モリス氏指揮する「マカレスタ大学コンサート合唱団」の学生を対象に富山県民謡<こきりこ>の歌と踊りと、わらべうたなどの日本の伝統音楽のワークショップを行った。私は、富山県民謡<こきりこ>のリフレイン<デデレコデン>から始めた。太鼓をたたく動作を加えながら、<デデレコデン>が日本太鼓のオノマトペア(擬音語)であることを説明、いきなり歌い始めたところ、彼らは一瞬にして模倣し、見事な日本語の発音と発声による<デデレコデン>の歌声がホールいっぱいに広がった。最後には「マカレスタ大学コンサート合唱団」も彼らのレパートリーからスピリチュアルズを歌って豊かな交流の時を過ごし、学生達の異文化に対する開かれた心や開かれた受け止め方に熱く胸打たれる思いがあった。
 インデイアナ大学で組織していただいたゴスペルソングのワークショップでは、本物の伝承者からしか学ぶことのできない異文化の本随を学ぶことができたことは嬉しいことであった。ジェームス・マンフォード教授は、まず、聴く者の心を突き動かすゴスペルソングの声の出し方と意味を説明され、熱心に指導された。日本人には難しいゴスペルソングの魂を歌うための発声の秘密をかいま見る思いがした。次に奴隷として扱われてきたアフリカ系アメリカ人は、ゴスペルソングの歌詞の隠された意味を説明された。奴隷であったアフリカ系アメリカ人は、人間の尊厳を抑圧され、自由を希求し、スピリチュアルズやゴスペルの歌詞に隠れた意味を込めて歌った。ゴッド(神)は、当時奴隷解放が進んでいた北部を指し、川という言葉がたびたび現れるのは、どんなに冷たくつらく危険であろうとも、体臭の強い黒人は、冷たい川を渡って北部を目指すことで、体臭を消し追いかける猛犬の追跡を逃れることができると考えたことからきているという。ワークショップの最後に、ゴスペル合唱団員と福島コダーイ合唱団員が、手を握り合い、瞳を見つめ合いながら、<私たちは人間>というゴスペルソングを歌い合った。2つの民族も年齢も経験も異なる合唱団員が、<私たちは人間、私たちには熱い血が流れている。愛し合い信じあって生きていこう>というメッセージを共有したのであった。ゴスペルソングに出会いゴスペルソングを愛してから、30年余の歳月が経つ私も、日本人には知ることができない多くのことを熱く学んだワークショップであった。

先住民族PowWowの大会でのアイヌの歌と踊りの演奏
 福島コダーイ合唱団は、1996年のISMEのアムステルダム大会以来、アイヌの方々と様々な交流を重ねながら、アイヌの歌と踊りをレパートリーとして世界の各地で演奏してきた。アイヌの歌と踊りには、多くの人を引きつけてやまない魅力がある。アイヌとPowWowは先住民族として厳しい迫害の歴史をもつ。それを考えるとき、アイヌ民族ではない私たちが、アメリカの先住民族であるPowWowの大会でアイヌの歌と踊りを演奏するということの責任の重さに、身が引きしまる思いがあった。色とりどりの衣装に身をつつみ、PowWowは、真ん中に大きな太鼓を置いて、同じリズムを激しく打ち鳴らしながら、叫ぶように歌い続けるのであった。その様式は、アイヌのウポポが<しんとこ>を叩きながら輪になって歌うのと共通性がある。しかし、互いを聴き合い輪唱して歌うアイヌの歌とは、とても異なっている。果たしてこの広いスタディアムでそのように静かな歌を聴いてもらえるだろうか。心配は杞憂であった。PowWowの方々と一緒に微笑み交わしながら広いスタディアムを行進した時、何とも言えない神聖な友情というような思いを共有したのであった。

投下国アメリカでの被爆を歌った「八月の歌」の演奏
 
最後に広島の被爆を歌った本間雅夫作曲「八月の歌」を原爆投下国アメリカで歌った体験について書きたい。この作品は、1996年のISMEの大会での演奏会のために委嘱して作曲された作品で、これまでに国の内外で数多く演奏してきている。しかし今回は投下したアメリカでの演奏である。アメリカの聴衆は果たしてこの作品を受け止めてくれるだろうか。不安は大きかった。しかし、リハーサルを聴いたマカレスタ大学の教授、セントポール市民のオーケストラの常任指揮者エドワード・フォーナー教授は涙を浮かべ「素晴らしい作品だ、多くの人々に聴いて欲しい、今から声をかける」とおっしゃり、メトロポリタン美術館で作品展を開く作曲家のジャン・ギルバート教授は、福島コダーイ合唱団のために作品を作曲すると申し出られた。また、ワークショップを行った「マカレスタ大学コンサート合唱団」の指揮者ロバート・モリス氏は、演奏したいから楽譜を下さいと申し出られた。
インデイアナ・ポリスのヘラルド・タイムス紙は以下のような批評を掲載した。「我々全ての胸を打ち、はっきりと共鳴を呼び起こした。抑制された表現で吟ずるように歌われるが、その奥に平和への祈りが込められている。完全なプログラムであり、音楽家や音楽の教師達にとっては、理解の上に技術が成り立つように喚起してくれる。」(3月31日付)平和への願いは、やはり共通であり、音楽を通したメッセージは、深く伝わることを実感した体験であった。